飛鳥は少しだけ考えたあと、口を開いた。
「ええと……、では、マリア先輩」
「先輩!? そんなふうに呼ばれたの、はじめて!」
マリアはおもしろそうに、からからと笑った。
「私のことは、『マリア』でいいよ! わからないことがあったら、なんでも聞いて!」
「それでは……マリア。早速、いろいろと聞きたいことがあるんだが」
飛鳥はもじもじと、マリアに言った。
「私はこのとおり、もう死んでいるはずだ。しかしこのあとはどうすればいいんだろう?」
「それはー、もちろん幽界(ゆうかい)に行かなきゃダメだよー!」
「……幽界?」
「そう、ゆーかい!」
マリアは楽しそうに笑った。
「明界(めいかい)……、あ、明界っていうのはこっちの世界のことなんだけれど、
明界ですることを終えたら、みんな幽界ってところにかえる決まりなの。こっちの言葉で言うと、『成仏』ってやつかな?」
「へえ……」
つまり幽界とは、死後の世界のことらしい。
飛鳥は身を乗り出して、マリアに言った。
「それなら私も、はやくそこへ行かなければ。……幽界へは、どう行けばいいんだ?」
「ううーん」
飛鳥の問いに、マリアはうなった。
「どこにあるか、っていう質問に答えるのはちょっとむずかしいんだけれど、ほんとうなら、死んだあとの魂はすぐに幽界に送られるはずなの。
でも、お姉ちゃんみたいにこっちの世界に残っちゃう人も、たまにいるんだよね。えっとー……、お姉ちゃんのお名前はなんだっけ?」
「越智飛鳥だ」
「飛鳥お姉ちゃん、ね!」
マリアはにこ、と笑った。
「飛鳥お姉ちゃんは死んだことを自覚しているし、意識もはっきりしてる。
それなのにお姉ちゃんの魂がまだ明界に留まっているっていうコトは、お姉ちゃんはまだこの世界に未練があるんじゃないかな?」
「未練……?」
言われて、飛鳥は考えてみた。
死んで残念だったこと……夕飯を食べそこねたとか、もちろんそんなものではないだろう。
もっと……、成仏に差し障(さわ)りのあるような大きな未練……
しばらくして、飛鳥はゆっくりと首を横にふった。
「……だめだ。未練と言われても、それらしいものに、なにもこころ当たりがない」
「ほんとうに? ぜーんぜんないの?」
いくら問われても、思い浮かばないものはどうしようもない。
飛鳥は少しばかりうつむいて言った。
「……ああ。それに生きている間にしなかったことを、死んだ後に『未練』と呼ぶのは、なんだか図々しい気がする」
「でも、幽霊のままここに留まり続けていたら、きっといろいろとたいへんなことになっちゃうよ?」
「……それは、できれば遠慮したいが……」
飛鳥が困り顔で悩んでいる様子を見て、マリアはやさしくほほえんだ。
そうして笑ったマリアは、少しだけおとなっぽく見える。
「なーんてね。飛鳥お姉ちゃんは、自分のこころの本音に気づいていないだけ。
あたしもお手伝いするから、幽界目指してがんばろ!」
「それは、つまり……?」
「飛鳥お姉ちゃんの未練を晴らして、すこやかに成仏するぞプロジェクトーっ!」
マリアはそう言いながら、元気よくこぶしをかかげたのだった。