僕は、鉛(なまり)のように重い上半身を起こした。
身体の上には、ブランケットがかけられている。
……眠っているあいだに、だれかがかけてくれたのだろうか?
壁かけ時計は、一時を示していた。
外は明るいので、つまり昼間の一時ということだろう。
「寝過ぎだぞ、蒼太」
急に声をかけられて、おどろいた。
声をかけてきたのは、ハルカだった。彼はちょうど、僕のいる待合室に入ってきたところだった。
ということは、ここは深神探偵事務所。日付はおそらく、七月五日だ。
「……緋色と深神さんは?」
「緋色は行方不明だ。深神さんがいま探している」
「行方不明だって……?」
ハルカは僕の座っている対面のソファに腰を下ろし、
「まあ、飲めよ」
言いながら、僕のまえにコーヒー缶を置いた。
彼のまえにはノートパソコンが置かれている。
背面にペンギンのシールが貼ってあるそのパソコンは、ハルカの愛用品だった。
「俺も緋色もわけありだから、事故っているといろいろと面倒なんだ。
でも、よほどのことがない限りは、こんなに長時間、連絡が取れないはずはないんだが」
「それはつまり……事故じゃなくて、……事件に巻きこまれているのかもしれないってこと?」
「少なくとも、深神さんはそう考えている」
ハルカは言った。
「俺は連絡係兼、留守番係ってわけ」
そうして彼がノートパソコンのキーボードに触れると、ピロ、と小さな電子音が鳴った。
「深神さんが帰ってくるまでは、蒼太もここにいろってさ」
「それはどうして?」
「万が一にでも、厄介(やっかい)ごとに巻き込まれる確率を減らすためだよ」
その心づかいはありがたかった。
マンションに帰るよりも、ここにいたほうが気が楽だ。
なによりも、いまは動きたくない。
ひとりにもなりたくない。
「あーー、ただ、これといって、することもないんだよなあ」
「……それならひとつだけ、調べものをしてもらってもいいかな」
「んー? いいぜ。いったいなにを調べて欲しいんだ」
座り直してこちらを見てくるハルカと目を合わせずに、僕は言う。
「村崎みずきっていう女子のこと。都内の高校に通っている二年生」
「なんだ、そこまでわかっているなら、調べるほどのことでもないじゃんか」
言いながらもハルカはすばやくキーボードに指を滑らせた。
そして最後にたん、とキーを弾くと、ディスプレイをこちら側に向けた。
「こいつかな、村崎みずき。……ああ、あの旅館の支配人の、娘なのか」