「なあ、それって、もしかして罠(わな)じゃねーのか?」
次の日の放課後。
くるみさんと約束した十七時までの時間をつぶすため、ぼくと白河くんは街のゲームセンターにやってきていた。
白河くんはクレーンゲームに悪戦苦闘しながら、言った。
「オレたちがこっそり米坂さんの家に忍びこんだところを待ちぶせされて、捕まったりしたらどうするよ?」
「そんなことをするような子には見えなかったけれど……」
ただし、確証のない推測は無力だ。なんの意味もない。
ぼくはポケットから携帯レコーダーを取り出して、白河くんに見せた。
「念のため、きのうのあの子の発言は録音しておいた」
「……それ、いつも持ち歩いてんの? おまえって、たまにこわいときがあるよな……」
白河くんが引きつった笑みを浮かべた。
「それにしても、あのときの女が、米坂さんの娘ねえ……、米坂さんが結婚していたなんて知らなかったな」
そのとき、うえまで持ち上がったぬいぐるみが、またしてもずり落ちてもとの場所におさまり、白河くんはとうとう頭を抱えた。
「……あーッ! くそぉ、ぜんっぜんとれねえ!」
せめて小さい獲物を狙えばいいのに、よりにもよって白河くんは大きなぬいぐるみを狙っている。
ぼくは白河くんに、いちばんの問題点を指摘する。
「とりあえず、そんなに大きいぬいぐるみを背負うことになったら、米坂さんの家に潜入ができなくなるよ」
「うぐぐ……!」
白河くんは、しばらくぬいぐるみをにらみつけていたけれど、ようやくあきらめたようで肩を落とした。
「あーあ。あのぬいぐるみ、おまえの部屋に置いてやろうと思ったのに」
「……どうしてぼくの部屋?」
「いつも遊びに行くけどさー、オレが帰ったあとは、牧志はあの部屋でひとりになるんだろ。
あのぬいぐるみが部屋にいれば、すこしはさびしくなくなるかと思って」
白河くんが大まじめな顔をして言った。本気でそう思っているらしい。
……幼いころに、ぼくの両親は離婚して、ぼくは母方に引き取られた。
しかしその母にも新しい恋人ができて、高校に入ったのを期に、ぼくはとうとう家を追い出された。
月に一度のわずかな入金と、
現在暮らしているマンションの家賃の支払いを止められれば、ぼくはたちまち生きていけなくなる。
中学からの流れで私立の灯里学園に入学することにはなったけれど、
こうしていまだ無事に通えていることは、もはや奇跡のようだった。
……母としては、まえの旦那の子どもにもきちんとお金をかけているという、おもて向きのプライドみたいなものも、あるのかもしれないけれど。
ぼくは自分に言い聞かせるようにして、言った。
「だいじょうぶ。ひとりでいることには、慣れているから」