米坂邸(b)


リンゴーン。

俺、……時枝響平(ときえだ きょうへい)は、十七時に米坂邸のチャイムを鳴らした。
しばらく待っていると、どこからか人の声が聞こえた。

『はい』
「どうも、成宮時計店から時計の修理のご依頼でうかがいました」

どこにマイクがあるのかわからなかったので、俺はそう大声で言った。
ほどなくして、使用人らしき老紳士がそとに出てくると、大きな門を開いてくれた。

「お待ちしておりました、こちらです」

紳士にうやうやしく頭を下げられる。
俺は気恥ずかしさを感じながらも、米坂邸の敷地内に足を踏み入れた。

……広大な庭園を、紳士のうしろにつきながら歩く。
正面の屋敷に隣接しているのは、まだ新しそうな建物だ。

エントランスから屋敷のなかに入れば、そとから見た印象と変わらない、広々とした屋敷だった。

「はあ、立派なお宅ですねえ」

俺は廊下を歩きながら思わず紳士に声をかけたが、 紳士にはほほえまれただけだったので、逆に気まずくなってしまった。

先を行く紳士の髪は白髪で、光が当たると少し金色にも見える。
彫りの深い顔立ちから見ても、彼は外国人なのかもしれなかった。

しばらく歩くと、紳士は足を止めてこちらをふり返った。

「修理をお願いしたいのは、こちらの広間の時計でございます」

毛の長いじゅうたんが敷かれた広間には、大きな柱時計が置かれていた。
文字盤を見てみると、たしかに時間が合っていない。

俺は柱時計を見ながらたずねた。

「時計が止まったのは、いつごろから?」
「きのうの朝、確認したときにはすでに止まっておりました」

この柱時計には、振り子がついている。そして振り子時計は、ゆれに弱い。
なにかの拍子に止まってしまうことは少なくないが、ここ最近では大きな地震もなかったはずだ。

「ふうん、歯車のホゾが傷んでいるのかもしれませんね。ちょっと開けてなかを見てみますが、よろしいですか?」
「ええ、お願いします。わたくしは仕事にもどりますが、なにかありましたらお呼びください」

紳士は頭を下げると、広間から去って行った。

「どれどれ……」

俺は手袋をはめると、そっと柱時計のなかをのぞきこんだ。