ピンポーン。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
(助かった……!)
しかし、腕を捕まれたままの萌乃は、その体勢から動くことができない。
萌乃は身じろぎをして、訴えた。
「お、おじさん、はなして……」
しかし、倉永は力をゆるめない。
「いいじゃん、放っておけば。ね?」
「ダメだよ……!」
ピンポーン。
二回目のチャイム。
萌乃が叫ぼうと息を吸ったところで、倉永に口を手でふさがれた。
「……こんなにはやく帰ってくるなんて、ちょっと予想外だったな」
倉永が萌乃を見下ろしたまま、そう言った。
萌乃は考えた。
家の外にいるのが自分の母親ならば、カギを開けて入ってきてくれるだろう。
異変を感じたのなら、自分の名前を呼んでくれるに違いない。
しかしそれがないということは、
チャイムを押しているのは、もしかすると母ではないのかもしれない。
まさか、ひいちゃんが?
ぎり、と萌乃は歯を食いしばった。
……どんなことがあっても、ひいちゃんに助けを呼ぶことだけは、できない。
だって彼女は、ナキオを殺した犯人なんだから。
葵家のチャイムをしつこく鳴らしていた深神は、うしろから追いついた千代に声をかけた。
「奥様、早くカギを開けてください」
「え? え? はい……」
状況をまったく飲みこめていない千代は、深神にうながされるままにカギを刺しこんだ。
しかし、扉は数センチ開いた所で、ガツンとなにかに引っかかって止まった。
千代は扉の隙間から、なかをのぞきこんだ。
「なぜかしら? チェーンがかかっているわ……」
「退いてください」
深神は言うと片足を振り上げ、ドアを思い切り蹴り飛ばした。
バコン。
景気の良い音とともに、チェーンが取付金具ごとはずれて床に落ちる。
あぜんとしたままの千代をよそに、深神はそのまま葵家へと入っていった。
「みかみ先生!」
リビングルームに姿を現した深神に向かって、萌乃が叫んだ。
倉永はようやく、萌乃を拘束する手の力をゆるめてふり返った。
そのすきに、萌乃は倉永の手をふりほどくと、
真っ先に深神の元へと駆け寄ってしがみついたのだった。