「……というわけだから、ハルカには明日から、イヌ探しをしてもらいたい」
帰宅後、ハルカに簡単な経緯を説明した深神は、現像した写真を取り出しながら言った。
「あのとき、偶然に撮っておいた写真があってよかった」
ハルカは写真を受け取った。
写っているのは茶色の毛をしたイヌが一匹で、飼い主らしき人間の姿はない。
ハルカは深神のことを見た。
「……本当に『偶然』なんですか? 普段は調査するために、写真なんて撮らないのに……」
深神はフフン、と得意げに笑った。
「購入したばかりのカメラを試したかったのだ。
光学三倍ズームレンズ搭載のデジタルカメラとしては、世界最軽量のモデルだぞ」
無邪気にはしゃぐ上司。
この人、店員の口車に簡単に乗せられるどころか、ハンドルを奪って店員を跳ね飛ばしていくタイプだ、とハルカは思った。
「そんなお金があるなら、テレビだって新しいものを買ってくればよかったじゃあないですか……、まあ、もう直ったからいいですけれど」
「ハハハ、あのテレビはわが事務所に拾われて、さいわいだったな」
深神は黒革のオフィスチェアに座ると、足を組んだ。
このひじかけ付きのオフィスチェアも、「社長っぽくていい」と深神が気に入って購入したものだ。
しかし猫耳帽を愛用する深神が座ると、何とも言えないミスマッチ感がそこに生まれていた。
ぎい、と椅子の背もたれ部分に寄りかかると、深神はおもむろに口を開いた。
「ハルカ、学校は楽しいか」
「えっ? は、はあ、まあ……」
ハルカはどぎまぎと答える。質問の意図はわからなかった。
「となり町の蛍ヶ丘小学校に、知り合いはいるか?」
「いや、いないですね」
「それならいい」
深神は帽子をはずして、机の上に置いた。
彼はあまり帽子をはずすことがないから、ハルカは内心、どきりとする。
それは深神の目が、あまりにもするどいためだった。
会話をするときの彼は、その目でじっと、人のことを見つめる。
そのようすが、まるでなにもかもが見すかされてしまいそうで、ハルカを不安にさせるのだ。
「しばらくしたら、ここから引っ越すことになるかもしれない」
「かまいませんよ」
ハルカは即答した。
反対の反応があると予測していた深神は、顔を上げてハルカを見た。
ハルカはニコ、と歯を見せて笑った。
「オレ、深神さんについていくって、決めてますから」
しかし、なぜか無言でまじまじと深神に見つめられ、ハルカは思わずあとずさりした。
「な、なんですか」
「かわいいやつめ、こちらへおいで。なでてやろう」
「……いいですってば」