エピローグ


それは、都子のアリバイ作りに協力したあと、佐藤が船のなかで身をかくしていた時のことだった。
明け方、佐藤はたまたましのびこんだバーで、床に横たわる高松海風を見つけた。

あわてて確認するも、高松は口から血を流していて、すでに息を引き取っていた。

(都子が殺したのか? ……)

しかし佐藤は、どうにも違和感を感じていた。
それは村崎幸治郎のときもそうだった。

彼を殺そうとして彼の客室をおとずれたときにも、すでに村崎は口から血を流して死んでいた。
あのときはちょうど、都子がアリバイ作りのためにデッキでさわぎを起こしたあとで、彼女に犯行は不可能のはずだった。

村崎と高松の死にかたはよく似ていた。
……たぶん、同じ毒で殺されている。

……なにかがおかしい。
どうもなにか、自分たちの手には負えないような、大きな陰謀に巻きこまれているかのようだ。

しかしもう、あともどりもできない。

村崎幸治郎が死んで。
これから、塩原優一も殺して。

……都子は自分のことを、許すと言ってくれたけれど。

佐藤は、かくし持っていた拳銃を強くにぎった。

……残る優一兄ちゃんを殺したら、いさぎよく死のう。

さようなら、……コージ兄ちゃん、優一兄ちゃん。
向こうでいくらでも叱られるから。

恩をあだで返して、本当にごめん。

床に視線を落とすと、そこにはまだ乾ききっていない血が付着していた。
佐藤はいそいで、その血を自分の服の袖でふきとった。

真相がどうであれ、都子が疑われないために、最善をつくそう。

そのために、この高松の死体を使わない手はない、と佐藤は考えた。
もっと明るい時間になったらこの死体を海へと落として、だれかに目撃させる。
運がよければ、都子のアリバイをもう一度成立させることができるだろう。

佐藤は大急ぎで、バーの棚のなかに、高松の死体をしまおうとした。
その時、彼女がなにかを手にもっていることに気がついた。

それは大きな茶封筒で、なかには書類の束が入っていた。
おそらくこれは、高松が調べていた、犯人へとつながる手がかりにちがいない。

どうせなら、これもいっしょに、海へと投げ捨てて処分してしまおう。

……これから長い時間、このバーに隠れることになる。
最後の最後に外の空気を吸っておきたいと思い、佐藤はバルコニーにつながる窓を開けた。

荒れた天気のなかで吹く風も、いまの佐藤には、心地よく感じられたのだった。


おわり
2009/05/25 公開
2010/05/15 タイトル変更、加筆修正
2014/02/15 加筆修正、各話タイトル変更
2015/08/24 加筆修正
2018/11/08 加筆修正、レイアウト変更