そのあと、港に着くまでは全員が自室で待機をするように、という指示が出された。
しかしハルカはいま、ある部屋の扉の前に立っていた。
左手を扉へ伸ばし、すこしだけ迷う。
しかし、やがて顔を上げると、コンコン、とひかえめにノックした。
「どうぞ」
なかから声がして、扉が開いた。
部屋から出てきたのは、都子だった。
「ハルカ君、来ると思っていたわ。……どうぞ、なかへ」
部屋のなかに入ってきたハルカに、都子はソファに座るようにうながした。
言われたとおりにハルカがソファに座ると、都子も向かい側のソファに腰をおろす。
ハルカは彼女にたずねた。
「佐藤さんが死んだことは……予定外、でしたか?」
「ええ」
都子はほほえんだが、ひどく疲れているようだった。
「あの火事の犯人をつき止めたとき、三人とも殺してやりたいと思いました。
でも、復讐のために啓祐さんに近づいてから、彼のやさしさを知っていって、いつしか好きになって……、
死んでほしくなんか、なかったけれど……でも」
都子は瞳をうるませながらも、笑った。
「都合のいい、話ですよね。あの火災で犠牲になった人たちにとっては……
そしてハルカ君にとっては、彼もまた、にくむべき犯人の、ひとりだったんだもの」
「お、オレは……」
「ハルカ君。犯行予告をあなたの事務所に送ったのは、私です。そして村崎支配人と、高松さんを殺したのも、私なんです」
「そんな、都子さ……」
ハルカがなにかを言いかけたとき、都子が不意に立ち上がった。
つられて立ち上がったハルカを、都子がふわり、と抱き寄せた。
ハルカはおどろいて、動けなくなる。
「つらい思いをさせてしまって、ごめんなさい。でも、どうか自分を責めないで」
やわらかいぬくもりだった。
こうしてだれかに抱きしめられたことは、ひさしくなかった、とハルカは思う。
しかし、どうして自分が抱きしめられているのか、ハルカにはわからなかった。
「私も、佐藤さんも、あなたたちに感謝をしているの。ほんとうよ」
そして抱きしめられたまま、頭をぽんぽん、となでられた。
「よくここまで、がんばったね」
どこまでもやさしく、ここちのいい都子の声に、ハルカは一瞬の油断をしていた。
次の瞬間、都子はとつぜん、ハルカをつき飛ばした。
つき飛ばされたハルカの身体は、そのままソファへと倒れこむ。
そしてハルカが起き上がるまえに、都子はドレスのすそを持ち上げた。
都子の左足には、鞘に入ったナイフがくくりつけてあった。
そして都子はそのナイフを、すばやく鞘から抜き取った。
ナイフは窓からの光を反射して、きらりと光る。
「ほんとうにありがとう、ハルカ君。……さようなら」
そしてハルカの目のまえで、赤色が飛び散った。