いくつめの事件(c)


村崎の客室のなかは、電気が消えていて暗かった。
だれよりも先に部屋のなかへと足を踏み入れた深神は、すぐに足を止めた。

「それ以上、だれもなかに入らないでください。特に舞お嬢さまのことは、ぜったいにこちらへ近づけないように。……ハルカ、明かりを頼む」

ハルカは言われるがままに、部屋の明かりを点けた。
部屋がぱっと明るくなると、部屋の様子がよく見えた。

佐藤の客室と同じ間取りだったが、ふたつだけちがうものがあった。
それはキャビネットに置かれた花が『あやめ』だったことと、

……部屋の奥にあるソファの上で、村崎幸治郎が口から血を流して、ぐったりしているということだった。

「し、支配人……っ!?」

都子がおどろいて駆け寄ろうとしたが、それを鈴音が止めた。
深神はゆっくりと村崎に近づいて、

「村崎さん、聞こえますか?」

呼びかけたあとに、村崎の頬を軽く叩いた。が、反応は見られない。
次に深神は村崎の腕を取ると、指で脈拍を測った。しかししばらくしてから、深神は首を横にふった。

「亡くなってから、そう時間は経っていないだろう。まだ体温がわずかに残っている」
「亡くなった……って、……うそでしょう……!?」

都子が口元を覆った。

「どうしてこんなことが……!」
「村崎さんは、殺されたの?」

都子とは対照的に、鈴音が冷静にたずねた。
深神はその質問に答えるかわりに、村崎のシャツのえりを少しずらして、首元を確認した。

「首をしめられたあとはないな」
「洗い場を使った形跡もありません」

ハルカも部屋のキッチンを確認しながら、言った。
それから次に、村崎の近くに移動して、腰をかがめた。

「テーブルの上には開封済みのワインボトル。 床には割れたワイングラスと、おそらくグラスからこぼれたと見られる、ワインの染みがあります」
「ふむ。……自殺、あるいは毒を盛られたか」
「…あなた達、妙に冷静なのね」

いぶかしげにそう言ったのは、鈴音だった。

「人が死んでいるのを前にして、顔色のひとつも変えないなんて」
「こう見えても、われわれは探偵だからね」

深神が笑って言った。

「……うさんくさいわね」

鈴音は胸の前で腕を組むと、身体の重心をわずかにかたむけた。

「でも、この状況で導き出せる答えはひとつ。簡単なことだわ」
「ふむ?」

深神は興味深げに、鈴音に視線を向けた。

「というと?」
「村崎支配人が殺されて、佐藤君が飛び降りた。……つまり佐藤君が村崎支配人を殺したあとに、自殺したってことでしょ?」
「啓祐さんがそんなことをするはずがないわ!」

都子が叫ぶように言った。

「それに啓祐さんが支配人を殺す動機(どうき)なんて……」
「動機はさておき、丹波氏の推理に筋が通っていることはたしかだ」

深神は部屋の中をじろじろと観察をする。

「あるいは、連続殺人事件か。そもそもどうしてわれわれがここにいるのかというと、それは事前に犯行予告を受け取っていたからだ。 そしてその犯行予告のとおりに、事件は起こった。……しかし、もはやわれわれには推測することしかできない。ここから先は、警察の仕事だ」
「でもそれじゃあ、おもしろくないわ」

聞き覚えのある、つやのある女性の声が部屋にひびいた。
一同がふり返ると、そこには高松と、赤月桜子が立っていた。

桜子の口元にはあいかわらずの笑みが浮かんでいる。

「いま、この船がいるのは港からいちばん離れた海の上よ。いまからいそいでもどったとしても、港に着くのはあしただわ。 でも、赤月グループの代表としては、この事件をおおごとにはしたくないの。 だから探偵さん、船が港にもどるまでに真相をつきとめて、事態を最小限におさえてちょうだい」

そして桜子は、にっこりと笑った。

「すべての責任は私が負うわ。さあ、探偵さん。……あなたの好きなように、推理を始めて」