深神たちが準備をすませ、客室の扉を開くと、そこにはちょうど舞がいた。
「ま、舞……! どうしてここに?」
舞の客室は青空と同じ、十階のはずだ。
舞はというと、じっと深神とハルカのことを見上げながら、言った。
「いまさっき、女の人の悲鳴が聞こえたから、一階ずつ見て回っていたの。でも、この階でもなかったみたい」
そんな舞に、深神は言った。
「われわれは窓の外から悲鳴を聞いた。ということは、おそらく屋外だ。……四階のプロムナードデッキかもしれない」
「はやく行かなきゃ。へんなお帽子のおじちゃんと、腕のないお兄ちゃん、いそいで!」
舞がハルカの左うでをつかんだ。
ハルカはうでを引っ張られて転びそうになりながらも、階段を駆け降りて、四階のデッキを目指した。
四階のデッキには、もうたくさんの人が集まっていた。
時刻はもうすぐ夜の九時になろうとしている。空は不気味なほどにまっ黒だった。
ハルカが先ほどデッキに出たときよりも風がかなり強くなってきていて、海も荒れてきていた。
ハルカは、人だかりのなかに都子と鈴音のすがたを見つけた。
「なにがあったんですか、都子さん……っ!?」
ハルカがいそいで都子たちのもとに駆け寄ると、都子がハルカに抱きついてきた。
「ハルカ君……っ!」
「み、都子さん!?」
とつぜんのことに、とまどうハルカ。
そのとなりで、鈴音が言った。
「いま、都子が、人が海に落ちるのを見てしまったらしいのよ……」
「ええっ、人が?」
どうやら、先ほどの悲鳴の主は都子だったらしい。
「いったい、どの辺りに落ちたんです?」
ハルカがたずねると、都子がふるえながら、船のうしろのほうを指差した。
「あ、あちらのほうに……」
「すみません、通してください」
そのとき、人ごみをかきわけながら、すこし遅れて深神がやってきた。
「ハルカ、状況を説明してくれ」
「人が海に落ちたそうです。でも……」
ハルカは手すりから身を乗り出して、船のうしろのほうに目を凝らした。
しかし、夜の海はあまりに暗く、なにも見えなかった。
「深神さん、ダメです。なにも見えません」
「ここにいる者のなかで、人が落ちるのを目撃した者は?」
すこしのあいだ、その場がざわめいたが、目撃したと名乗り出る者はいなかった。
鈴音が深神に言った。
「だれもいないと思うわ。……そもそもあのとき、デッキにはほとんど人がいなくて、いるのはあたしと都子くらいだったから」
鈴音の頬からは、もう赤みが消えている。このさわぎで酔いもすっかりさめたらしい。
深神は都子に、やさしく声をかけた。
「黒野さん、落ち着いてください。人が落ちたとき、ほかになにか気がついたことはありましたか?」
「わ、私……」
都子はうわごとのように、つぶいた。
「海に落ちたのが、啓祐さんに見えたんです……」
その言葉に、ハルカはおどろいて聞き返した。
「佐藤さんが、ですか?」
「暗かったし、一瞬だったから、見まちがいかもしれないわ。でも……」
「いったいなにごとですか?」
ハルカたちのもとに、赤月家の使用人、高松がやってきた。
高松のとなりには舞がいる。舞がいつの間にか、彼女を連れてきたらしい。
深神は高松に言った。
「佐藤啓祐さんと思われるかたが、どうやら海に落ちたようです」
「わかりました。私はいますぐ、このことを赤月代表に報告してきます」
高松は事務的にそう言うと、まわりの乗客たちに声をかけた。
「みなさま、天候も荒れてきています。危険ですから、船内へおもどりください!」
言われた乗客たちは、すこし不満そうな顔をしながらも、ぞろぞろと船内へと引き上げていった。
乗客たちがほとんどいなくなったデッキの上で、深神が言った。
「黒野さん。佐藤氏の客室はどこか、わかりますか?」
「ええ。……たしか、七五三号室……だったと思います」
「では、われわれはその客室を確認しに行こう」
「じゃあ舞は、お兄ちゃんと青空を呼んで、船のなかを探すわ」
舞が言って、ハルカはふと、舞にたずねた。
「あれ? ……そう言えば、あのふたりはいま、なにをしているんだ?」
「お兄ちゃんが船酔いをしていて、青空はその看病をしているの」
「えっとそれは……、そっとしておいたほうがいいんじゃあないか……」
船酔いをしているのに、無理に人探しをして船のなかを歩き回ったら、もっと具合がわるくなりそうだ。
「……しようがない。みんなで佐藤さんの部屋を見に行くか」
そうして、深神、ハルカ、都子、鈴音、そして舞の五人で、佐藤の客室へ行くことになった。