鈴音はしばらくだまったあと、長い息をはいた。
「たいしたものね。……あたしの名前は、『丹波鈴音(たんば・すずね)』。お察しのとおり、ピアニストよ」
「あ……、私は黒野都子(くろの・みやこ)です。旅館『あやめ』の支配人補佐をしています」
都子がぺこりと頭を下げ、鈴音はいぶかしげに深神にたずねた。
「……ところで、どうして探偵がこんなところにいるの?」
鈴音の問いに、深神が答える。
「実はつい先日、わが事務所に犯行予告が届きまして」
「ちょ、ちょっと深神さん……っ!」
深神がその先を言おうとするのを、ハルカがあわてて止めた。
「い、いいんですか? ……犯行予告のこと、そんなに大っぴらにしてしまって」
「ほんとうに事件が起こるなら、このことはどのみち、いずれ知ることになる事実だ」
深神はそういうと、胸元からなにかを取り出した。
それはまっ白な、ぶ厚い紙でできたカードだった。
カードの上には、古めかしい書体の文字が印刷されている。
『船の上で事件が起こる。港にもどるまでに犯人を探されたし』……
カードに書かれているのは、その一文だけだった。
カードをのぞきこんだ鈴音は、首をかしげた。
「この……犯人って、いったいなんの犯人なの?」
「さあ、そこまではわかりません」
「ちょ、ちょっとお……、なんだかこわくなってきちゃったじゃない」
鈴音が顔をしかめた。
そのとなりで、都子が不安そうに深神にたずねた。
「あの……、このこと、赤月代表は知っているんですか?」
「ええ、知っているわ」
とつぜん、深神とハルカの背後で女性の声が聞こえた。
そこに立っていたのは、まっ赤なドレスを着てまっ赤なヒールをはいた、三十代前半の女性だった。
肩より少し長い髪をもつ、つややかな美人だ。
女性はハルカに向かってほほえむと、名乗った。
「こんにちは、深神先生。そしてあなたが助手の、ハルカ君ね?
私は今回のパーティの主催者でもある、赤月グループの代表、赤月桜子(さくらこ)よ。
先日、こちらの深神先生から犯行予告のお話をうかがったわ」
そう言った桜子に、鈴音がたずねた。
「も、もちろん、犯行予告のことは、警察にも通報したんですよね……?」
すると桜子は、深神の手からす、とカードを抜き取ると、そのカードを口元にあてて、ほほえんだ。
「まさか。こんなにおもしろいことが起こりそうなのに、パーティがとりやめになんてなったら、もったいないじゃない?」