探偵と助手(b)


女性は二十代前半で、やさしげな双眸(そうぼう)の持ち主だった。
黒色のパーティドレスの上には白のカーディガンをはおっている。

「ちょっとお、都子(みやこ)、やめなさいよ」

そう言って、先に深神たちに声をかけてきた黒髪の女性……都子のひじをつついたのは、 同じく二十代前半の、気の強そうな女性だった。

都子はふしぎそうに、もうひとりの女性を見た。

「えっ、どうして? 鈴音(すずね)ちゃん」

鈴音と呼ばれた女性は、紺色のパーティドレスを着ていた。
明るい色の髪を高い位置で結んでいて、左側の髪だけ顔の横にたらしている。

鈴音は、横目でちらちらと深神を見ながら都子に耳打ちした。

「あんな帽子をかぶっているなんて、ぜったいに変質者よ。きっとどさくさにまぎれて、この船に乗りこんだんだわ」
「お言葉ですが、われわれは正式な招待状を持っていますよ」

深神はそう言って、ふたり分のパーティのチケットを見せた。
しかし、鈴音はそれを見てもなかなか信用しなかった。

「ふうん? じゃあ、あなたたちは赤月グループと、どんな関係があるっていうの?  今日のパーティは、赤月グループが主催する、完全な招待制よ。 乗客の全員が赤月グループの関係者で、あたしもだいたいの人間のことは知っているわ。 でもあたしはあなたのことを、いままでに見たこともないもの」
「ふむ」

深神は、あごの下にひとさし指の背を当てた。

「では、あいさつ代わりに。……あなたの職業はもしや、ピアニストでは?」
「……は?」

鈴音はとつぜんのことに、ぽかんと口を開けた。

「……どうして、あたしがピアニストだって……」
「質問に答えよう。まず、あなたの髪型は左右非対称だ。右側はきっちりと留めていて、左側の髪はたらしている。 ピアノはふたの開きかたの関係で、聞き手は常に演奏者の右側だ。 よって聞き手に表情がよく見えるように、女性のピアニストは右側の髪をきっちりとセットすることが多い。……ちょうどいまのあなたのようにね」

そして深神はもうひとつ、と人さし指を立てた。

「しかしもちろん、そういった髪型はなにもピアニストだけのものではない。もっと決定的なのは……あなたのつめだ」

鈴音がはっとして、自分の手をもう片方の手でにぎった。
深神は続ける。

「成人女性は、こういう場では長いつめにマニキュアを塗ることが多いだろう。 しかしピアニストであれば、そういったおしゃれも、ピアノを弾く際にじゃまになるだけだ。 そしてあなたはマニキュアをしていないし、つめがかなり短い。髪型のことも考慮すると、ずばりピアニストだというわけだ」

鈴音と都子が、顔を合わせた。
それからこわごわと、都子がたずねた。

「あの……、あなたはいったい?」

すると深神はうれしそうに言った。

「よくぞ聞いてくださいました。私は私立探偵の深神」

それから深神は、となりにいたハルカの肩に手を置いた。

「……そしてこちらは、わが有能な助手の白河(しらかわ)ハルカです」