発足(g)


放課後、蒼太は緋色に学園内を案内して回っていた。

しかし、月見坂学園は小、中、高等部の校舎が同じ敷地内に配置されている。
一日では、とてもすべての場所を案内できそうにはなかった。

実際、蒼太たちが高等部の校舎内を歩いて回るだけでも、あっという間に時間が過ぎていった。
とりあえずは使用頻度の高そうなところから、と考えた蒼太は、校舎の次に部室棟へと緋色を案内した。

部室棟は、おもに放課後に生徒たちが使う、部活用の建物だ。
月見坂学園の部室棟はもともと作りが古く、見た目もなんだかたよりない。

部室棟のまえで、緋色が蒼太にたずねた。

「あおちゃんはどんな部活に入っているの?」

聞き慣れない呼び名に、蒼太がふり返った。

「……あおちゃん? って、僕のこと?」
「うん、あおちゃんって、きみのこと」

緋色が無邪気に笑うので、なんとなく蒼太は目をそらしながら言った。

「……部活っていうか、同好会に顔を出しているんだ。ミステリ同好会っていうんだけれど」
「へえ。あおちゃんはミステリが好きなんだ?」

感心してうなずかれると、なんだか申しわけない気分になったので、蒼太は正直に言った。

「いや、僕はただ、妹に誘われただけなんだ。……妹も、特別にミステリが好きってわけじゃないみたいだけれど、 いろいろあってメンバーに加わったらしい」

そう言いながら、蒼太は部室棟の建物に足を踏みいれた。
とたん、生徒たちの笑い声や、調子のはずれた楽器の音がよく聞こえてくるようになる。

階段をのぼり、廊下をしばらく歩いていくと、蒼太は部室棟の二階の一番奥の部屋のまえで立ち止まった。
部屋の入り口にあるプレートの上には、『ミステリ同好会』と書かれたボロボロの紙が、セロハンテープで貼ってあった。

「ここが、ミステリ同好会の部室だよ」

蒼太がノックをしたあとにとびらを開けると、部屋のなかでは三人の女子生徒が長机にトランプを並べて遊んでいた。
三人とも中等部の制服を着ていて、名札に引かれたラインの色は二年生だということを示していた。

部屋の広さは八畳ほどで、そこまで広くはない。

部屋の片面にはスチールでできた棚が置かれていて、そこにはびっしりと物がつまっている。
しかし、どれもきちんと整頓されていた。

部屋に入ってきた蒼太と緋色のすがたを見て、椅子に座っていた女子生徒のひとりがあわてて立ち上がった。

「お、お兄ちゃん……の、おともだち?」

蒼太のことを「お兄ちゃん」と呼んだのは、
青色のピンで髪を留めてはいるものの、留めきれていない前髪が目にかかっている女子生徒だ。

その女子生徒は身をこわばらせて、こちらのようすをうかがっている。

「あ、うん。彼は今日、僕のクラスに転入してきた、宮下緋色君」
「緋色でいいよ、あおちゃん」

緋色がにこ、と笑うと、女子生徒に手を差しのべた。

「……きみが、『西森青空(あおぞら)』ちゃん? よろしくね」

名前を呼ばれて、青空がすこしおどろいて顔をあげた。

「えっ……と、どうして、私の名前……?」
「さっき、あおちゃんが妹の話をしていたから。ね? あおちゃん」
「え、ああ、うん……」

しかし、蒼太はなんとなく腑(ふ)に落ちなかった。

……たしかに妹の話はしたけれど、名前まで言っただろうか?