影を追って(b)


僕とミカミ、そして日高さんは、大急ぎで縫針先生の家へと向かった。
そして家に着くと、ミカミがすかさずチャイムを鳴らした。

「……たしかに、反応はないね」

僕が言うと、ミカミは顔をあげた。

「二階の窓が開いている」
「へ?」
「私があの窓からなかへ入って、玄関の鍵を開ける」

そう言い残すと、ミカミは建物のまえまで走っていき、一階にある窓枠に足を引っかけた。

「う、うそでしょ……」

日高さんがとなりでぼうぜんとしているが、僕だって同じ感想だった。
足場の組まれていない家をよじ登っていく人なんて、いままでに見たことがない。

ミカミはそのまま、ひょい、ひょいと器用に登っていくと、あっという間に二階の窓まで到達した。
そしてなかに入っていったかと思うと、しばらくしてから玄関のとびらがカチリ、と音を立てた。

玄関を開けるやいなや、ミカミは言った。

「日高に見てほしいものがある」
「わ、私に?」

日高さんは動揺しながらも、ミカミに案内されるままにダイニングへと向かった。

ダイニングでは、机につっ伏すようにして、だれかが倒れていた。
それは、白髪の老婆だった。

「も、もしかしてかなでちゃんの、おばあちゃん……?」

日高さんが息をのむも、ミカミが言った。

「息はあるんだ。どうやら眠っているようだ」
「そんな、どうしてこんなところで……?」

机の上には、なにも置かれていない。
はじめからそうだったのか、だれかが片づけたのかは、見ただけではわからない。

「日高、チャコには睡眠薬が処方されているんだろう」
「……あっ!」

日高さんははじめて気がついたかのように声をあげて、そのあとうんうん、とうなずいた。

「もしかして、おばあちゃんがまちがえて、睡眠薬を飲んじゃったの!?」
「まちがえて、は、ないだろう。おそらく飲まされたんだ。 そのようすだと、動物の睡眠薬は、人間にも効くようだな」
「うん、効くよ。そもそも、人間と同じ薬が処方されることがほとんどだもの。 睡眠薬も、それぞれ量はちがっても、成分はまったくいっしょだよ」

僕は、おそるおそる言った。

「……じゃあこれも、きのうの犯人が? ……それに、かなでちゃんは?」
「家のなかにはいなかった。いたのはこのご老体と、チャコだけだ」

そう言って、ミカミは天井をあおいだ。

「こころ当たりは、ある。……ひとまず表に出ようか」