誘拐(a)


次の日の朝。

ナツといたるはバスに乗って、たまをの町4丁目を目指した。
ふたりとも念のため帽子を目深にかぶり、なるべく人が多いところを移動するように注意をはらった。

「……時間通り、来ると思うか?」

ナツがいたるに耳打ちをする。

バスは空いている。
ふたりは座席に座り、ほかの乗客に聞かれないようにひそひそと話をした。

「先に待っていたりは、しないだろうね。相手はできる限り、その場に長くとどまりたくはないだろうから」

時刻は9時20分。
遅くとも、指定の時間より20分は早くつくだろう。

ふたりは犯人よりも先に現場に到着して、「100万円」を仕掛けておくつもりだった。

『つぎは、たまをの町4丁目、たまをの町4丁目です。車内事故防止のため、バスが止まってから……』

車内アナウンスが聞こえ、ナツが降車ボタンを押す。

『つぎ、止まります』

アナウンスが聞こえてしばらくして、バスは速度をゆるめて停車した。

降りてしまえば、もうKストアが見えている。
ということは、その隣のマンションが指定のマンションなのだ。

マンションは通りに面しているわけで、人通りは少なくない。
犯人はなぜこんな目立つ場所をわざわざ指定したのだろう、といたるはふしぎに思った。

そのとき、いたるのスマートウォッチが鳴った。

ぎょっとして、ふたりは辺りを見回した。
こちらを見ながら電話をかけているような男は、どこにもいない。

いたるはひと呼吸おいて、電話に出た。

「もしもし」
『あー……、いろいろ事情があって、イクマフウタはすでに解放した』
「えっ?」

予想外の言葉に、いたるが思わず声をあげた。
男は気まずそうに続けた。

『だから、もうここには来なくていい。……すまなかった』

そして、電話は切れてしまった。

「ど、どうする?」

いたるはナツを見た。
スピーカーで聞いていたナツも、訝しげに首をひねった。

「なんで突然? でも……」

ナツは目を細めた。

「いま、『ここには』来なくていい、って言ってたよな。それって、待ち合わせ場所にもう犯人がいるってことじゃないか?」

ふたりは同時に目線をあげた。その先にはKストアの隣のマンション。
ふたりはひとまず、マンションの前まで歩いていった。 

マンションは、5階建てくらいだった。
壁はコンクリートの打ちっぱなしで、それがなんとも頑丈そうに見える。
ただ、小ぶりなので、周囲の建物と比べて目立つことはなく、特に用事がなければ気に留めるような外観でもない。

「……ねえ、あの車」

いたるはナツの二の腕をつんつんとつついた。
いたるが指さしたところには、黒塗りの高級そうなセダンが止めてあった。

「……いかにも誘拐犯の車、って感じだ」

ふたりは車に近づいた。
後部座席の窓には真っ黒なカーフィルムが貼られていて中は見えないが、だれかが乗っている気配はない。

ふたりが車をじろじろと観察していると、マンションのひと部屋の扉がバタン、と閉じる音が聞こえた。

ふたりは慌てて、近くの自動販売機の後ろへと隠れた。
ほどなくして、建物からふたりの男が出てきた。