「しかし和也氏は、そんな事情を知るよしもない。
ここからは憶測でしかないのだが……、彼は奥様と倉永氏の関係に、もとから気づいていた。
そして最後の引き金となったのは、やはりあの絵画だろう。
額縁を苦手とする奥様が、やむをえず和也氏の部屋に絵画を飾ったことが、
和也氏にとっては無言の当てつけに感じられたのではないだろうか?
結局、和也氏は『妻の恋人から妻へ贈られた絵画』を隠し、自殺した。
あの絵画こそが、奥様のこころが和也氏から離れたという、……いわば『不幸せ』の、なによりの象徴だったのだから」
どこからか、なにかの物音が聞こえた。
あいかわらず倉永は、うわの空のようすだった。
「もしくは……、自分の死後、だれかが真実を暴いてくれるかもしれないと、
……奥様に一矢報いたいと、和也氏はほのかに期待していたのかもしれない」
千代は顔をゆがめた。
千代から見れば、故人の最後のあがきに、まんまとはめられたというわけだ。
「依頼内容にもどります」
深神は帽子の影から千代を見すえて、わずかに笑った。
「絵画なら、和也氏の書斎の本棚の裏側に、巧妙に隠されていますよ。
それと……こちらは探偵の業務外だが、和也氏を自殺に追いこんだのは……
間違いなくあなたがた、おふたりです」
そのとき、空気を裂くような短い悲鳴が聞こえた。
深神が階段のほうへ目を向ける。
いまの悲鳴はたしかに二階のほうからだった。
「まさか」
深神が小声でつぶやき、そのあとすぐに、階段を駆け上っていった。
「萌乃ちゃん!」
深神は萌乃の部屋の扉を開けた。
そこでまず目に入ったのは、足元の床に広がる髪の束だった。
その髪をたどればなんてことない、
……小さな少女の身体が、うつぶせで倒れているだけだった。
倒れていたのは、宮下緋色。
助けを求めるかのようにこちらにのばされた小さな手に、動きはない。
床には赤黒い血だまりが広がっている。
そんな緋色の身体を冷ややかに見下ろしているのは、もうひとりの少女。
手元には赤い血がべったりとついている。
……葵萌乃の手には、カッターナイフが固くにぎられていた。