「よしよし、こわかったね。もうだいじょうぶだ」
深神は萌乃の頭をなでながら、千代に言った。
「奥様。……これから、おとなだけで話をしたいのですが」
「も……萌乃、自分の部屋へ行っていなさい」
千代がうろたえながらそう言うと、萌乃は涙目で階段を上っていった。
その姿を見送ったあと、深神は千代に向き直った。
「さて、まず依頼の件ですが」
「そんなことよりもこの状況は一体どういうことなんですか!? ……倉永さん!」
千代は声を荒げた。
しかし倉永はぼんやりとした顔で、萌乃の行き先を目で追ったままだ。
深神が横から言った。
「奥様は和也氏の生前から、倉永氏と『親しい』お付き合いがあった。
もしや倉永氏のほうからアプローチがあったのではないでしょうか?」
千代は言葉が出てこないようだった。
「私が依頼を受けたあの日、各部屋の様子をデジタルカメラで撮影しましたが、
実はあの行為は写真を撮ることが目的ではなかった」
深神は内ポケットからデジタルカメラを取り出すと、ファインダーを指差した。
「盗撮用のビデオカメラを探していたのです」
千代が口元をおさえる。
「赤外線はデジタルカメラ越しだと赤く色がついて見える。
簡単なものだとこのテレビのリモコンでも試すことができます」
深神は近くにあったテレビのリモコンを取り上げ、カメラに向けてボタンを押した。
千代に見えるように傾けられた液晶画面には赤色の点がみっつ、光るのが見えた。
「はじめてこのリビングに入ったときに、なにかの視線を感じました。
普通のお宅に隠しカメラがあるとしたら、思い当たる理由は大体ふたつ。
家族を監視するために身内が取りつける場合と、
外部の者がストーカーやスパイ目的で取りつける場合だ」
深神はリモコンとカメラを元にあった場所へともどした。
「私は、和也氏が隠しカメラを取りつけた可能性も疑っていた。
しかし奥様の部屋からはなぜかひとつも見つからない。
逆に、一番多く隠しカメラが見つかったのは、萌乃お嬢さんの部屋だった。
例えば……ぬいぐるみの目玉の部分だとか」
千代も倉永も、一言も発さなかった。
各々が放心状態のようだった。
「あのクマタローを萌乃お嬢さんに贈ったのは、倉永氏では?
……倉永氏の目的は、はじめから萌乃お嬢さんだったのだ」