調査 3日目(c)


ほぼ追い払われる形で、柚野はその場から引き上げた。
彼を見送ったあと、志摩子はやれやれとあきれ顔で深神に言った。

「……姫ちゃん、あんた真昼間から、なに職質されてんのよ……」
「その呼びかたはやめろ」

深神が子どものように、ぶすっとふてくされた。

「いまは深神だ」
「でもそれ、なにかと不便じゃない? いっそミカミヒメとでも名乗ったら?」
「……怒るぞ」

深神ににらまれた志摩子は特に気にしたようすでもなく、児童養護施設の敷地に目を移した。

「それで、なに? この施設がどうかしたの? ハルカ君のお嫁さん探しには、まだちょっとはやいと思うけれど」
「先ほど君は、私のことを『仕事を邪魔する人ではない』と評してくれたが」

深神は軽く肩をあげた。

「今回は、もしかするかもしれない」

深神の言葉に、志摩子はおどろいた顔をした。

「え? どれ?」
「葵和也氏の事件に関連がある」
「でも、あれは自殺でしょ? え、ちょっと待って」

志摩子は混乱したようすだったが、すぐに元の表情にもどり、声のトーンを落とした。

「……とりあえず、場所を変えましょうか」



近くの喫茶店に入った深神と志摩子は、喫煙席に通された。

落ち着いた内装の、そこそこ年季の入った喫茶店だ。
モダンなジャズが、ほどよい音量で流れている。

平日の午後だからか、店内は空いていた。

志摩子は席に着くとタバコを一本くわえ、 「いる?」とソフトケースを深神に差し出したが、深神は首をゆるやかに横にふった。

「あの安くて重いやつじゃないとダメ?」
「そういうわけではないんだ。もうずっと禁煙している」
「へえ」

志摩子はライターを探す手を止め、自らのタバコもふたたびケースの中へしまった。

「子育ても大変だ」

そこにウェイターがやってきた。
いかにも大学生がアルバイトをしている、といった感じの、若いウェイターだった。

「ご注文はなにになさいますか?」
「珈琲をひとつ」

軽く志摩子が注文したのに対して、深神はメニューにじっくりと目を通したあと、すまし顔で言った。

「気まぐれパフェのドリンクセットで、温かい紅茶をいただけるかな」
「……えっ、あんた、がっつりいくの!? すみません、あたしもなめらかチーズケーキひとつお願いします!」
「はい、かしこまりました」

ウェイターが笑いをこらえた表情をしながら、厨房へともどっていく。
志摩子はせきばらいをして、椅子に深く座りなおした。

「あいかわらずよね、ホントーに」

その「あいかわらず」は深神がパフェを注文したからか、ネコ耳帽をかぶっているからかどうかはわからなかったが、志摩子は言った。

「事件の話は最後にとっておきましょう。あんたとはほかに、話したいことがたくさんあったの」

それを聞いて深神は小さく笑った。

「女性はうわさ話が好きらしいからな」
「あのねえ……!」

志摩子は何か言おうとしたが、ぐっと目を閉じてこらえると、そのあとすぐに、目を開いた。

「あれから二年よ。あんた、桜子と連絡取ってる?」
「ああ、たまにはな」

深神は水に一口つけた。
ふわりとレモンの香りが鼻を抜ける。

志摩子は深神がコップを机の上に置くのを待って、言った。

「じゃあ知ってるの? ……あの子のダンナが、……灰住君が、死んだって」