調査 [ 初日〜2日目 ] (e)


萌乃が目を見開いた。
誰かが故意に鎖をはずした可能性までは考えていなかったようだ。

深神は続ける。

「ナキオ君は人なつっこいイヌだっただろう?  鎖をはずしてくれた第三者のあとを、ついていってしまったのかもしれないね」
「ナキオは誘拐されたの?」

萌乃が間髪を入れず、おどろくほど淡白な声でたずねた。
それはちょうど、きのう萌乃が父親の話をした時と、同じような声だった。

「そうだな……、ただのいたずらという可能性もあるが、 この短期間で君の家ばかりに災いが降りかかるというのは、偶然ばかりではないかもしれない」

萌乃は静かにうつむいて、小さくこぶしをにぎった。

彼女が時折見せる、この感情を殺すようなそぶりは、 おそらく人よりも多くの激情を内に秘めているからなのだろう。
深神は、軽率に彼女の感情をあおってしまったことを後悔した。

「私……ゆるさない」

萌乃は顔を上げず、しかしはっきりとした声色でつぶやいた。

「お父さんを殺した人も、ナキオを連れて行った人も、私、ゆるさない」

そのとき、葵家の門のほうから人の気配がした。

「あおちゃん、ナキオ君は見つかった?」

庭に入ってきたのは、少年と少女のふたりだった。
見たところ萌乃と同い年くらいのそのふたりは、深神の姿を認めると、びくりと身体をこわばらせた。

「そのおじさんは……だれ?」

少年が慎重にたずね、深神はにっこりと微笑んだ。

「ハハハ、『お兄さん』のまちがいだぞ」
「ひいちゃん、響平君、この人が私の言っていた、みかみ先生だよ」

萌乃が紹介する。

「先生、私のお友だちの宮下緋色ちゃんと、時枝響平君です。 一緒にナキオを探してくれていたの」
「は、……はじめまして」

緋色はこわごわとお辞儀をしたが、 響平のほうは値踏みでもするかのように深神をじろじろと見た。

「こいつが探偵? なんか、想像してたのとちがう……」

その言葉を聞いて、萌乃が怒ったように両手を腰に当てた。

「深神先生はすごい探偵さんなんだから。 いまだってナキオが誘拐されたって、すぐにスイリしちゃったんだもん」
「ゆうかい?」

緋色と響平が顔を見合わせた。

「逃げたんじゃなかったのか?」
「誰かが鎖をはずして連れて行っちゃったんだよね、先生」
「その可能性が高いだろうな」

深神はうなずくと、子どもたちに向かって言った。

「これだけ捜索の協力者がいるなら心強い。しかしひとりになることは危険だから、 外出時は友だちか、お父さんやお母さんと必ず一緒に行動すること。いいね?」
「はーい」

萌乃は手をあげたが、緋色と響平はなぜか浮かない顔をした。

「でも俺たち、親いねえもん」
「ね」

響平が口をとがらせて言って、緋色がそれに小さく相づちを打った。
深神が改めて、ふたりのことをじっくりと見ながら言った。

「……君たち、親がいないのか」
「うん。緋色と俺は、施設にいる」
「そうか」

深神は内ポケットに手を入れると、キャラメルをふたつ取り出した。

「お近づきのしるしに、君たちにこれをやろう」

響平はそれを受け取ったものの、口はへの字のままだった。

「……萌乃ー、甘いものを渡してくるなんて、なんかこいつが誘拐犯みたいじゃね?」