深神のするどい眼光がまたたいた。
「それは、実際に絵を見なくてもわかるのか?」
「まあ、もともとあの人は自分の絵にタイトルをつけないってのもありますが、
『オレンジのラプソディ』に関しては、実際に製作された経緯を知っていますからね。
あの絵の対になるものなんか、作るはずがないんです」
「経緯?」
深神はがぜん、興味を持ったようだったが、
ハルカは気まずそうに皿の中をスプーンでかき回した。
「いや、マジでしょうもない経緯なんで、事件にはまったく関係ないと思いますよ。
どうしても知りたかったら本人に直接聞いてください、本人に。
深神さんなら、ターゲットの所在地を割り出すくらい、どうってことないでしょう?」
ハルカの言葉に、深神はどこか遠い目をした。
「ハハ。……たしかに会うことはたやすいが、私が聞いても教えてはくれなそうだ」
「……なにか言いました?」
「いいや、なんでもない。今回の件とサバトは、私も直接的な関係はないと考えている。
おそれるべきは、『もっと別のこと』だ。……なにはともあれ、はやく対処しなければならない」
そして深神は、さりげなくケーキ箱を自分のほうに引き寄せようとして、
「甘いものはごはんを食べ終わってから!」
千代に引き続き、ハルカにも怒られたのだった。
調査開始二日目の午後、深神は葵家へ向かう途中で萌乃と出会った。
「せ、先生っ!」
萌乃はひどくあせったようすで、深神に駆け寄ってきた。
「どうしたんだい、萌乃ちゃん」
「ナキオがいなくなっちゃったの!」
萌乃が泣きそうな顔で言った。
「さっきお散歩をしようと思ってお庭に出たら、どこにもいなくて……」
手にはリードを持っている。今までずっと探していたのだろう。
深神は萌乃を落ち着かせようと、彼女の背中にそっと手を当てた。
「ふむ。ひとまずもう一度、萌乃ちゃんの家へもどってみないかい。
もしかすると、ナキオ君も家に帰ってきているかもしれないし」
深神の言葉に、萌乃はこくんとうなずいた。
葵家の庭にある赤い屋根の犬小屋の前には、たしかにあのイヌの姿はなかった。
萌乃が沈んだようすでうなだれた。
「私のことがいやになって、逃げちゃったのかな……」
しかし深神は「まさか」、と意外そうな声で言った。
「そんなはずはない。見てごらん、鎖用のアンカーは土に埋まったままだし、鎖自体もちぎれていない。
この状態からイヌが逃げ出すのであれば、あとは無理やり引っ張って首輪から抜け出すしかないはずだが……」
深神は、鎖の先をつまんで、萌乃の目の前に持ってきた。
「首輪もないだろう。……おそらく、第三者がナキオ君の鎖を、意図的にはずしたのだ」