「いやー、まさか探偵さんとは! いやあ、はは、勘ちがいしてスイマセン!」
すまなそうに、しかしそれ以上におかしそうに笑ったのは、倉永直(くらなが・なお)と名乗る男だった。
倉永はラフな服装をしている割に、小ぎれいでしゃれっ気もある。
学生だと言われてもふしぎに感じないほどに若々しいこの男は、これで二十八歳だという。
「俺、葵さんのお宅にはよくお邪魔するんスよ。
俺は庭師をやっているんですがね、千代さん……葵さんの奥さんが熱心な人でして」
倉永はそう話しながら、深神に勝手についてきた。
深神はそんな倉永にたずねる。
「失礼ですが、ご結婚はされているので?」
「え? いえ、このとおり、独身ッスよ」
倉永は深神の唐突な質問におどろきながらも、
指輪をはめていない自分の左手の薬指を深神に見せた。
「まだまだこれからだ! ……なーんて思っている内に、あっという間にこんな年齢ッスよ。
しかしまたとつ然、なんでそんなことを聞くんスか?」
「いえ、職業柄、いろんなことに興味を持ってしまう性質でしてね」
「ああ、なるほど! そういうの、なんかいいっスね!」
倉永は笑うと、大げさに胸をなでおろした。
「はー。てっきり、探偵さんは俺に気があるのかと思っちゃいましたよ!」
「ははは。すこしまえなら考えたかもしれませんが」
「アハハ……、んっ? ちょ、ちょっと、それってどういう」
「あいにく、助手はすでにいるものでね」
「あ、ああ、そういう意味か……」
深神は次に、倉永に手をつながれて歩いている萌乃を見た。
「萌乃お嬢さんはずいぶん、おとなしいですね」
倉永は、深神の話題がころころ変わることに困惑しながらも、一応うなずいた。
「あんな事件のあとッスからねえ……、以前はもっと元気な子だったんスよ。
だから、いまの沈んだ萌乃ちゃんを見ていると、ほんとうに可哀想ッス……。
……しかし、探偵さんを呼ぶなんて、あの事件は自殺じゃあなかったんスか?」
「いえ、その『事件』とやらの話は、一切うかがっていません。自殺というのは?」
倉永はため息を吐いた。
「萌乃ちゃんのお父さんのことッスよ。物静かで優しい人だったんスけれど……
って、ああ……ッ! ご、ごめんよ、萌乃ちゃん!」
いまは亡き父親の話題が出たからだろう、うつむいてしまった萌乃を、倉永があわててなだめた。
「こんな話、萌乃ちゃんのまえでするもんじゃなかったっスね」
「私も軽率だった。すまなかった、萌乃ちゃん」
深神が頭を下げると、萌乃はふるふると首を横にふった。
「だいじょうぶ。……私のお父さんは、お星さまになっただけだから」
そしてまた顔を上げると、まっすぐとまえを向く。
その瞳に涙はないが、表情もなかった。
(ふむ……)
萌乃のそのようすに、深神は出会ったばかりの頃のハルカの姿を思い出していた。