深神が外に出ると、町はすっかり冬らしい空気となっていた。
吐く息は白く、冷たい空気は頬を打つ。
都心から少しばかり離れているこの地で、深神の事務所は駅からも離れていた。
深神はバスに乗りこむと、となり町の蛍が丘市を目指した。
(この土地に来てからもう二年……、はやいものだな)
この土地に越してきた当初は、あのハルカもまだ小学四年生だった。
あの子を『事故』のあった場所からすこしでも遠ざけたほうがいいのでは、という思いがあり、当時はこの場所を選んだ。
しかしながら、この町では失笑してしまうほどに、仕事がない。
(来年はハルカも中学生……、これを期に、事務所の立地を見直してみるか)
深神は頭のなかに、都心近郊の地図を展開した。
どうせなら山手線沿い、駅からすぐの場所がいい。
交通アクセスがよければ、依頼人もより多く集まることだろう。
それでいておいしいケーキ屋なんかが近くにあれば、なおいい。
いや、逆にケーキ屋は必須だ。ないところはいやだ。
……そういえば最近あまりケーキを食べていないし、
なるほど考え出してみれば無性に甘いものが恋しくなってきてしまった。
今日はもうこのままケーキを買って帰ろうか、
……などと、深神の思考が煩悩へとシフトしはじめてきたころ。
バスを降り、しばらく歩いた深神のまえに、ひとりの少女が立っていた。
ハルカと同じくらいの年ごろだろうか。
その少女はしばらくの間、ぼんやりとした顔で深神を見上げていたが、
やがて深神の顔を指差して言った。
「……ねこ」
深神は、自分のかぶっていた帽子に手をやった。
過去に目つきが悪いという理由でハルカに避けられ続け、
その対処法としてネコの耳のついた帽子をかぶれば怖がられない……、という結論にいたって以来、
深神はこの手の帽子をかぶり続けている。
おかげ様で、いまではこうして子どもにも受けがいいようだ、……と、
少なくとも本人はそう思い込み、満足していた。
「やあ、ねこさんだよ」
深神はそう言いながら帽子を取ると、少女にほほえみかけた。
「かぶってみるかい?」
少女はむずむずとはにかむと、深神の帽子を受け取って、そっと自分の頭にかぶせた。
しかし大きさが合わずに、すっぽりと顔の半分まで帽子で隠れてしまった。
「おやおや、お嬢さんはどこへ行ったのかな」
深神が帽子を少女の頭の後方へとずらしてやると、先ほどよりもすこし頬を紅潮させた少女の顔がのぞいた。
「これでよし。お嬢さんはひとりかな?」
少女はうなずいて、答えた。
「お友だちといっしょに遊んで、帰るところなの。……今日はおうちに、探偵さんが来る日だから」
「……ほう? つまり君は」
そのとき、まえから男が近づいてきた。
「あっれー、萌乃ちゃん。こんな所でどうしたんスか? ……そのお兄さんは、知り合い?」
男はそう言いながら、深神からさりげなく、少女を引き離した。
そして後ろ手に少女をかばうと、深神のことをいぶかしげにうかがった。
「……もしかして、誘拐ですか?」