探偵と助手(a)


豪華客船『四葉』は、とても大きな船だった。
その大きさはまるで高層ビルを横に倒したかのようで、間近で見ると視界にはおさまらないほどだ。

四葉はいま、ゆるやかに海の上を進んでいる。

季節は五月のはじめごろ。空は晴天、風の強さもちょうどいい。
陸地から離れてしばらく経ったいま、水平線をさえぎるものも、なにもない。

今日からこの四葉の上で、この国の経済界のトップ、赤月グループが主催する豪華な船上パーティが、一泊二日で行われるのだった。


四葉の四階にあるプロムナードデッキには、二十台後半の長身の男と十代半ばの少年が立っていた。
男と少年は、ふたり並んで海の景色をながめていた。

「文句なしのいいながめだな、ハルカ」

そう言ったのは、長身の男のほうだ。
言われて少年……『ハルカ』は、海から目をはなさずに言った。

「そうですね。オレ、船に乗るのははじめてなんです。……イルカが見えたりしないかな?」

ハルカは左手で目の上にひさしを作った。
これだけ広い海の上だったら、どこかにちょん、とイルカの背びれが見えたりしてもおかしくない、と思ったのだった。

目を細めるハルカに、男は言った。

「ほほう、初体験か。よし、ならばその記念すべきハルカのはじめてを、写真におさめようではないか」

ハルカはそれを聞くと、あきれた顔をしてふり返った。

「……深神(みかみ)さん、たぶんそれ、人に聞かれたら誤解を招きます」

ハルカは、いかにも快活な印象の少年だった。
ピンで留めたすこし長めの前髪、黒色のベストに、灰色のニッカポッカ風のズボンをはいている。

そのすがたは一見、どこにでもいる普通の健康な少年そのものだ。しかしそんなハルカには、右うでが『ない』。
……ハルカは過去に右うでを失っており、彼はふだんから、『右うでを失ったのは事故が原因だ』、と、まわりに話していた。

一方で深神はというと、スーツを着ていて、すらっと背が高く、顔立ちも整っている。
しかし一番目を引くのは、その帽子だ。帽子には、なんと猫の耳がついているのだった。

ハルカはそんな深神の帽子をちらりと見ると、ため息をついた。

「深神さん、その帽子、いいかげんやめましょうよ。 猫の耳のついた帽子なんて、子どもだってなかなかかぶりませんよ?」

そんなハルカの小言を特に気にするでもなく、深神はさわやかに笑った。

「はっはっは。さては、ハルカもこの帽子がうらやましいのだな?」
「正直、ぜんっぜんうらやましくないです。 ……って、なにさりげなくカメラをこっちに向けているんですか。やめてください、通報しますよ!」

すばやく顔を隠して逃げるハルカと、彼を追いかけ回す深神。
その様子はまるで変質者と、その変質者に狙われる被害者のようだ。

デッキの上には深神たちのほかにも、何人かの乗客たちがいた。
どの乗客たちも夜のパーティに向けて、スーツやおしゃれなドレスに身を包んでいる。

そんな乗客たちは深神たちを横目で見ながら、「いったいあの人たちは何者かしら」、とひそひそとうわさ話をしていた。
豪華船上パーティの参加者として、深神とハルカは少々、わるい意味で目立ちすぎていたのだった。

だれもがそんな奇妙な彼らを遠巻きに警戒するなか、ふたりの女性客が近づいてきた。
ふたりのうち、長い黒髪の女性が深神に声をかけた。

「あの……、写真でしたら、私がお撮りしましょうか?」