おねがい(c)


それからのサユの行動はすばやかった。
手ばやく荷物をまとめると、ぺこり、とサユはおじぎをした。

「あたし、まだつかまるわけにはいかないですから、ごめん」
「ちょ、ちょっと、つかまえる気はないって……」
「神さまの話、やっぱりあること知ったから、よかったです。ありがとう」

はまだ、あの手紙のことや筆で書かれた文字のことをサユに聞きたかったが、 これ以上引き止めると、余計にサユに不信感を抱かれるような気がしたので、あきらめた。

「わかった。また会うことがあったら、いろいろと聞かせてほしい。それと、これだけは約束してくれないかな。 ……どんなことがあっても、森の神さまと取り引きすることだけは、ぜったいにしない、って」
「……? わかります」

それからサユはもう一度深くおじぎをすると、図書館を出て行った。



一方、街なかを歩いていたは、とつぜんだれかに腕をつかまれた。

「きゃっ……!?」
「ちょっと待ってよ! ……『』!」

名前を呼ばれたことに、はおどろいた。
この街に、自分たちのことを知っている人間なんて、ひとりもいなかったはずだ。

の腕をつかんでいたのは、小柄な少年だった。粗末な衣服と、少し長めの前髪。
少年はぜえぜえと息切れをしている。

「あれ? あなた、どこかで……」

はまじまじと少年の顔をのぞきこむと、おどろいて息をのんだ。

「……って……、も、森の神さまぁ!?」
「ちょっと! さっき会ったばかりなのに、もう忘れたの!?」

心外だと言わんばかりに、神さまは肩をすくめてみせた。

「薄情にもほどがあるよ、まったく!」
「だ、だって、森で会ったときと雰囲気がぜんぜんちがう……っていうかオーラがない……」
「おーい、神さまに向かってどんな物言いだよ」

神さまはふてくされたように、そっぽを向いた。

「だって俺、『森』の神さまだもん。森では自由だけれど、街ではある程度不自由なの。……ま、全知全能の俺には、ちょうどいいハンデかな?」
「カッコつけても、そのすがたじゃちょっと……」
「おいこら、そろそろ怒るぞ?」

神さまは大きく息を吸いこんだあと、の両手をがしり、とにぎった。

「それより、一生のお願いだ! まさかこんなことになるなんて……、もう一度、森に来てよ……!」

必死の形相の神さまのようすに、はとまどう。
……まさか神さまのほうからお願いされる日が来るとは、ゆめにも思わなかった。