ほん(a)


「道に迷っても、中央広場を目指せば僕の家に帰ってくることができます。……もっとも、ここで何日か過ごせば、すぐにすべての道を覚えてしまうような小さな街ですが」

郵便屋はたちに街を案内しながら、時おり立ち止まると住民たちに手紙を渡していった。
どの住民も、郵便屋から手紙を受け取ると目を輝かせて、

「郵便屋さん、ありがとう」

と笑顔でお礼を言った。
遠方からの便りを、みんな心待ちにしていたのだろう。

「すてきなお仕事だね、郵便屋さんのお仕事って」

郵便屋のとなりを歩きながら、が言った。

「みんなのうれしそうな顔を見ると、わたしまでうれしくなっちゃう」
「はい。やりがいのある仕事ですよ」

郵便屋は笑いながらそう言うと、ふとをふり返った。

「……どうかしましたか、?」
「あ、いえ……」

そう言いながらも、はひとつの建物の前で足を止めている。
郵便屋はの立っている場所までもどると、言った。

「ここは、図書館です。となりの教会となかでつながっていて、だれでも利用できるようになっています」

図書館は、ずっしりとした重そうな石を積み上げた壁で作られていた。
それはいままで見てきた街の人たちのどの家よりも、はるかに立派なたたずまいだった。

なぜ、この場所にここまでひかれるのか、にはわからなかった。
でも、なぜかこのなかに入らなければいけない、という想いがのなかに強く起こった。

は図書館から目をそらさずに、言った。

「……あの、ぼく、この図書館を見て行ってもいいですか? 帰り道はわかりますから、郵便屋さんは先へ行ってください」
「もちろんかまいませんよ。……はどうしますか?」
「わたしはもうすこし、郵便屋さんと街のなかを歩きたい!」
「わかりました。では、またのちほど」

は郵便屋との背中を見送ったあと、図書館の重いとびらをそっと押した。

図書館のなかは、薄暗かった。
きっと本を日光で痛めないように、窓が少なく設計されているのだろう。

インクのにおいよりも先に、すこし動物的な、あまり嗅いだことのないにおいがして(もっともその記憶はないのだけれど)、はとまどう。

よく見てみると、どの本にもくさりがついていた。
だれかが持ち出さないように、厳重に保管されているのだ。

は本のひとつを手にとって、その重さにおどろいた。
まるでレンガを持っているかのようだ。

本のページをめくってみると、想像以上に厚みのある紙に、インクで直接文字が書かれていた。

「……植物性の紙じゃない。……これって、もしかして羊皮紙……?」

あまりなじみのある手ざわりではない。
もしかすると、自分たちが記憶をなくすまえに住んでいたところには、羊皮紙はなかったのかもしれないな、とは思った。

は本をもとの位置にもどすと、ふたたび歩き出した。
そとはもう夕暮れ時で、小さな窓から入ってくる夕日が、図書館のなかをオレンジ色に染めている。

そして、まるで導かれるかのように図書館の奥まで歩いて行ったは、 いちばん奥の本だなのまえで、ひとりの少女を見つけたのだった。