は、森のなかに立っていた。
ぼんやりと立ちつくすの頬を木漏れ日が照らし、風はさやさやとなでていく。
は目を細めたあと、小さなくしゃみをした。
「……風が冷たいな」
あたりは一面、黄色や橙(だいだい)の葉を身につけた木々が広がっている。
重なり合う葉の向こうがわにのぞくのは、限りなく白に近い、空の青。
が視線を落とすと、すぐ目のまえに石を簡単に積み上げただけの、小さなほこらがあった。
ほこらの周りの雑草は抜かれ、だれかの手が加えられた形跡がある。しかし、ここから見える人工的なものは、そのほこらだけだった。
がそのほこらに手を伸ばそうとしたとき、だれかに服のそでを引っ張られた。
「……お兄ちゃん?」
のすぐとなりから、不安げな少女の声がした。
彼女はの服のそでをつかんだまま、あたりをきょろきょろ見回している。
……彼女はの妹、だった。
彼女はぽつりと、つぶやいた。
「 ……ここ、どこ?」
しかし、には、その質問に答えることはできなかった。
なぜならもまた、と同じ疑問を抱いていたからだ。
「ぼくたち、……いままでなにをしていたんだっけ」
は目を閉じて、考えてみる。
しかしどんなに記憶をたぐろうとしても、自分たちの名前以外に思い出せることがひとつもない。
「……うそだろう? 兄妹そろって、同時に記憶をなくすなんて……」
ふたりとも、持ちものはなにも持っていないようだった。
服のポケットを裏返してみても、なにも入っていない。
そもそも、この肌寒さのわりに、身に着けている衣服も薄手だ。
紅葉が始まっているような森に足を踏み入れるには、あまりにもこころもとない格好だった。
……いったい、なにが起きているのだろう?
「こんにちは」
そのとき、たちのうしろから声がした。
ふたりが同時にふり返ると、黄色と橙の世界のなかに、ひとりの青年が立っていた。
ミルクティ色の髪。
青年は若草色の、しかしひどくくたびれたブレザーを着ていて、同じ色の帽子をかぶっている。
肩からさげているのは、こちらもだいぶ年季の入っていそうな大きなカバンだ。
そして手には、一輪の白い花を持っていた。
「……あなたは……?」
がつぶやくと、青年は帽子を取ってあいさつをした。
「僕は、通りすがりの郵便屋です。……どうやらお困りのようですね」
郵便屋は持っていた白い花を、の近くのほこらの前に、そっと横たえた。
そして立ち上がると、郵便屋はやさしくほほえんだ。
「とりあえず、この森から出ましょうか。近くの街までお連れしますよ」