新弥のことを椅子に縛りつけようとしていた鷲村のところに、緋色がやってきた。
緋色は教室に一歩、足を踏み入れると、小首をかしげてみせた。
「鷲村澄人さん。人質を交換しない? ……人質は女の子のほうがいいでしょ?」
そうは言っても、緋色は男子学生の制服を着ている。
言葉の意味がわからず、鷲村の動きが一瞬止まったあいだに、緋色は結んでいた髪をほどいて、めがねをはずした。
肩にかかる長さの緋色の髪が、さらりと流れる。
めがねで隠れていた大きなひとみに、やわらかそうなまつげ。
緋色は口もとだけで、笑みを作ってみせた。
「……こう見えても、実は私、女の子なの。事情があって、……ある人を守るために、男の子のふりをしてこの学校に転校してきたんだ。
……それに姫野ミカミのことも、結構くわしく、知っているんだけれどな」
『姫野ミカミ』の名前を聞いて、鷲村の目の色が変わった。
緋色は続ける。
「姫野ミカミは、甘いものがだいすき。紅茶にはお砂糖をたっぷりいれるよ。
それに人前では眠らないの。目つきがするどくて、でもやさしい」
「船の事件は?」
鷲村がたずねて、緋色はゆっくりと首を横にふった。
「……豪華客船の事件のことだね。ごめん、その事件については、私はなにも聞いてないの」
「……なるほど。たしかに、人質にはおまえのほうがよさそうだな」
「待って!」
そこに駆けこんできたのは、玲花だった。
玲花のあとから追いついた蒼太が、めがねをはずして髪をおろした緋色のすがたを見て、おどろいた。
「あれ? ……緋色、なんか、きみ……」
「鷲村澄人!」
蒼太の言葉は、玲花の大声でかき消された。玲花は蒼太たちよりも、一歩前に歩み出た。
「あなたは知らないかもしれないけれど、私はあなたを知っています。私は、まえにあなたのことを記事にした……」
「……六路木玲花」
そう名前を呼んだのは、ほかでもない鷲村だった。