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時刻はすこしもどり、その日の朝。
月見坂(つきみざか)学園高等部、二年A組の教室は、朝のホームルームの時間をむかえようとしていた。

学年が変わってから二ヶ月ほどが過ぎ、生徒たちはすっかり新しいクラスになじんでいる。
このクラスの生徒のひとり……高校二年の西森蒼太(にしもり・そうた)は、 そんなクラスメイトたちのことを、いちばんうしろの席からぼんやりとながめていた。

卒業して数年もしたら、この光景も懐かしく思えてきたりするのだろう。
しかしいまはまだ、その感覚を想像することはむずかしい。

そうやって物思いに耽(ふけ)りながらも、いつもと変わらない一日が始まるはずだった。
……その日、副担任の兎沢小雨(とざわ・こさめ)がひとりの生徒を引き連れて、教室に入ってくるまでは。

「とつぜんだけれど、今日からみんなといっしょに勉強することになった子よ」

兎沢は、長い髪をうしろでひとつにくくり、パンツスタイルに白衣をはおっている。
めがねをかけていて、その顔にはいつもうすい笑みを浮かべている、とらえどころのない女性だ。

彼女の本来の役目は養護教諭で、ふだんは保健室にこもっている。
その雰囲気は『保健室の先生』というよりも、どちらかというとミステリアスな研究者だった。

そんな兎沢が黒板の前に立たせたのは、 明るい色の髪をハーフアップにした、同じくめがねをかけた男子生徒だった。

見たことのない生徒をまえにして、教室のなかはいっせいにざわめきに包まれる。
兎沢はにこにことしながら、生徒に声をかけた。

「宮下君、簡単に自己紹介をしてもらってもいいかな?」
「はい」

生徒もにこ、と兎沢にほほえみを返すと、クラス全体を見渡して言った。

「ぼくの名前は、宮下緋色(みやした・ひいろ)といいます。 家庭の事情で月見坂学園に転入してきました。どうぞよろしくお願いします」

快活そうでいやみもなく、中性的な雰囲気だ。
クラスの女子たちはさっそく、ひそひそとなにごとかをうわさしている。

「えっと、じゃあ宮下君は……、西森君のとなりの席に座ってくれる?」
「はい、わかりました」

思いがけず指をさされ、蒼太はびくりと肩をこわばらせた。
緋色はすたすたとこちらに向かって歩いてきたかと思うと、椅子に座っていた蒼太の顔をひょい、とのぞきこんだ。

「きみが西森君? これからよろしくね」

緋色はそう言って、笑った。