音楽室の幽霊(d)


二時限目の休み時間、僕はA組の砂辺さんに話を聞きにいった。

「まさか、葵君が引き受けてくれるなんて……」

そう言った砂辺さんは、あきらかに戸惑っていた。
それもそうだ、僕と砂辺さんは去年同じクラスだったというだけで、ぜんぜん親しくない。

ただ、砂辺さんはそこそこ幽霊話に不安を感じていたようで、

「でも、話を信じてくれてうれしい」

と固さの残る笑顔で言った。

「それで、砂辺さんにいくつか質問があるんだけれど。……まず、聞こえてきたのはピアノの音で、間違いない?」
「うん、それはさすがに間違いようがないよ」
「それなら、例えばきのう、砂辺さんの通りがかった時間帯に、たまたま調律をしていたということも考えられるよね」
「調律? 学校のピアノも、調律なんてするの?」
「ああ。ピアノは、定期的にメンテナンスをしなくちゃいけない。弾いているうちにずれていくピッチを修正したりね」

吹奏楽部の砂辺さんに、そこまで説明する必要はないかもしれないけれど、念のため。

「頻度はよくわからないけれど、たぶん一年に一、二回かな。だからきのうがたまたま、調律する日だったんじゃあないかな」
「あ……それなら、あの音は調律じゃあないと思う。あのね、今日、他の子たちにも話してみたの。そしたら」

砂辺さんの目が、きらり、とあやしく光った。
女の子って、噂話をするときはほんとうに楽しそうだなあ、といつも思う。

「……他の日にもそのピアノの音を、聞いた子が何人かいるらしくて。ほら、学校のすぐ近くに本屋のシカク堂、あるでしょう。 今年に入ってから、夕方にあの通りを歩くと学校からたまに聞こえてくることがあるんだって……」
「ふうん……」

となると、やっぱりだれかが音楽室のピアノを弾いているのか。
僕は納得しそうになって、はた、と気づいた。

……いや、待てよ。

「砂辺さんって、吹奏楽部だよね? 吹奏楽部って、いつもはどこで練習しているの?」
「うーん、その日によって違うよ。音楽室だったり、体育館だったり」
「そのとき、ピアノは使う?」
「あんまり使わない、かな。もちろん、音合わせに使うときもあるけれど」
「練習は毎日だよね?」
「うん。日曜日を除いて、毎日」

その音を聞いたんじゃあないか、と考えようとして、僕はすぐに、この考えの間違いに気がついた。
そもそも砂辺さん自身が吹奏楽部の人間で、ピアノの音が聞こえてきたのは練習のない日曜日なのだ。

その他に考えられることは……
僕はあとひとつだけ、可能性があることに気がついた。

「砂辺さん」
「うん?」
「……もし、ほんとうにお化けのせいだったとしても、恨まないでね」
「そんな、べつに恨んだりはしないけれど……」

だんだんと状況は把握できてきた。残るは検証と、事実を確認するだけだ。

そして、僕の考えていることが真実なら。
……この件は、たしかにお化けのせいにしておいたほうがいいのかもしれなかった。