プロローグ


いまから二年前の、冬。
僕は第一志望の高校に合格し、あとは卒業を待つばかりの中学三年生だった。

「私は、植物のように生きてみたいわ」

冬の植物園で、僕の幼なじみ、鬼無里翠(きなさと・みどり)は唐突にそう言った。

ガラス張りの大きな温室には、数々の水生植物が展示されている。
熱帯の河川や湿地にしか生育しない青々とした植物は、見る者に異世界に紛れ込んだかのような錯覚を起こさせた。
外は凍えるほど寒かったが、温室のなかは蒸し暑いほどだった。

そんな異世界のなか、翠の腰の辺りまであるプラチナブロンドの髪が、温室のガラスから差し込む光を受けてきらきらと輝いている。

「……植物のように生きるって、それは人間でいうと、死んでいるのとあまり変わらないんじゃない?」

僕が言うと、翠が不思議そうに僕の顔を見た。
凡人よりも思考の速度が桁外れに速い彼女がそんな表情をするのは、めずらしいことだ。

「言われるまで気づかなかった。確かに似ているわ」

翠が笑ったので、僕は嬉しくなる。

彼女は僕にとっては神様のような人で、僕は彼女を畏れ、敬っていた。
それは、恋や好意からはほど遠い感情。

……だって、だれも神様と恋愛しようだなんて思わない。
もしそんなことを考えるやつがいるのだとしたら、よっぽど頭が悪く、身の程をわきまえないやつなんだろう。

「……でも、違うの」

彼女は言った。

「似ていると思えるのは、外側から観測した場合だけ。外側からなら、ふたつを比較することができる。 でも、内側の観測は、外側からでは判断できない。 いくら肉体が死んでいるように見えても、脳神経が生きている限り、内側には未知の領域が広がっているもの」

僕には彼女の言っていることが、よくわからなかった。

だから、彼女がこの時笑っていたほんとうの意味も、僕はまだ知らなかった。
たぶんこのとき、彼女はもう、自分の今後についての計算をし終えていたのだろう。

その日の夜。
……彼女は『植物』になるために、市内の橋の上から身を投げた。