影を追って(d)


名指しされたというのに、かなでちゃんの表情はたいして変わらなかった。
そんなかなでちゃんに、ミカミは続けた。

「おまえは近ごろ、図書館へ行って勉強にはげんでいると言っていた。そこでミステリでも読みあさったのだろう。 自分の体重を乗せやすいように対象を椅子に座らせ、隙をついて包丁で刺す……。あの殺しかたは、優等生のように模範的だった」
「で、でもミカミ。それだけじゃ、さすがに……」
「証拠はいくらでもある」

ミカミはそう言って、ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。

「これは、縫針かなでのクラスの時間割をコピーしたものだ。 きのうは午前中に、家庭科の授業があった。授業の内容は『調理実習』だな?」

それを聞いて、僕ははっとした。

「凶器の包丁は、家庭科室の……」
「そうだ。かなでは授業の終わりにでも、家庭科室の包丁を手に入れたんだろう。 そして娘なら、母親をおびき出すことも、油断させることも簡単にできる」

それからミカミは、あの密閉袋を取り出した。

「つぎに、現場に残されていた、このセンターピンだ。 警察がこれを見つけていれば、容疑者を縫針琴子の知人で、現場近くにいたピアノ調律師、雀一崇ひとりにしぼっていたはずだ」

ミカミは視線は動かさずに、その密閉袋のなかのセンターピンを、指先ではじいた。

「このセンターピンが落ちていたということは、現場に雀一崇がいたという、なによりの証拠となるはずだった。 しかし、犯人が調律師だとして、ただの『ミス』でこれを現場に落としたのだったとしたら、指紋が残っていないとおかしい。 おまえは今回の殺人計画を、図書館で調べてまで、じっくりと時間をかけてていねいに準備していた。 ……センターピンは、たしかにもともとは、雀一崇が持っていたものかもしれない。 しかし、それを現場にわざと残したのはおまえだ。 おまえは自分の家で拾ったセンターピンを、自分の指紋をふきとったうえで、犯行現場に落としたのだ」
「そうか……」

僕はようやく、合点がいった。

「雀さんが縫針先生の家に、最近よく出入りするようになった原因の、あのゼムクリップ。 ……あれもかなでちゃんのしわざだったのか? あとから警察のうたがいが、雀さんに向くために……?」
「で、でも、そんなのおかしいよっ!」

日高さんがさけんだ。

「かなでちゃん、ママのことがだいすきだったじゃない!  そのかなでちゃんが、どうして縫針先生のことを殺さなくちゃいけないの!?」

すると、いままでだまっていたかなでちゃんが、そこでゆっくりと口を開いた。

「……そう、かなではね、ママのことがだいすきなの」

かなでちゃんはそう言うと、おだやかな表情で目を閉じた。

「でもね、雀さんと音楽の話をしているときのママってすごく楽しそうで、 ……かなで、ママがとられたみたいで、すごくかなしかったの」

そしてかなでちゃんは、にこ、と笑った。

「だから、いま、かなではしあわせなの。もうこれで、ママは永遠に、かなでだけのママだから」