「蒼太さん、だいじょうぶですか!?」
みずきの声が聞こえた。
目を開くと、心配そうに僕の顔をのぞきこむみずきの顔があった。
「みずき!」
僕は彼女の名前を叫んだ。
思いのほか自分の声が腹に響き、僕は自分が奇妙な体勢をしていることに気がついた。
左足はベッドの上。そのほかの身体は床の上。
それはちょうど……ベッドから落ちたときのような格好だった。
「深神さん……は……?」
つぶやく僕に、みずきがくすくすと笑う。
「蒼太さん、寝ぼけてるんですか?」
寝ぼけている、か。
つまり。
「いま……何時?」
「七月七日、……五十九時です。つまり朝の十一時、かな?」
……あのタイミングで、僕はこちらの世界へもどってきたのか。
「どこか痛かったりはしませんか?」
「ああ……だいじょうぶ。ありがとう」
起き上がる僕の背中を、みずきが優しく支えてくれる。
向こうの世界で感じた痛みはもうない。
しかし、動悸(どうき)の激しさはおさまらなかった。
(あのあと、僕はいったいどうなってしまったのだろう?)
……まさか、死んでしまったのだろうか?
自分の後頭部をなでながら、みずきにたずねる。
「……みずきはきのう、眠った?」
「もちろん、眠りましたよ」
「なにか……夢は見た?」
「夢、ですか?」
みずきは首をかしげる。
「私は見ていないと思います。覚えていないだけなのかもしれないけれど……、
蒼太さんは、なにか夢を見たんですか?」
「いや……」
みずきが夢を見ていないなら、こちらでの手がかりはないと言える。
またこちらの世界で眠るしか、向こうの世界へもどる方法はないのか……
「待てよ……」
うっかりしていた。
僕はこちらの世界で、緋色本人と待ち合わせをしていたのだった。
もし、僕のいままでの推理が当たっているのだとしたら、緋色もみずきのなにかを探っているのかもしれない。
……もしかして、深神さんやハルカも、こちらの世界にひそんでいるのだろうか。
僕はよろめきながらも、立ち上がった。
「……ごめん、みずき。僕、行かなくてはいけないところがあるんだ。みずきはここで……待っていてくれないかな」
僕は行かなければならない。
そしてこの奇妙な毎日を、終わらせなければいけない。
みずきは察してくれたのか、大きくうなずいてくれた。
「わかりました。私はここで待っています」
それから心配そうに、僕の両手を自分の両手で包みこんだ。
それは、この世界で僕を最初に救ってくれた温もりだった。
「……蒼太さんはひとりじゃないですよ。どんな世界にいたって、私は蒼太さんの味方ですから」
「みずき……」
みずきはまるで子どもをあやすかのように、僕の背中をとんとんと叩いた。
「今日のお昼のためにお弁当を作っておいたので、それも持っていってくださいね」
「……ありがとう」
僕は簡単に身じたくを済ませると、いつものように鞄を肩からさげた。
エプロンすがたのみずきは、屋敷の玄関で僕を見送ってくれた。
「……これじゃあ、なんだか新婚みたいだな」
僕がそう言うと、みずきはうれしそうにはにかんだ。
「蒼太さんとだったら……、私はうれしいな」
それからみずきは、僕の正面に立った。
「蒼太さん。……すこしかがんで、目を閉じてください」
「……こう?」
僕がかがんで目をつむると、額に軽くみずきの温度を感じた。
目を開けると、彼女は頬を赤らめながらも笑顔で、
「いってらっしゃい」
と言った。