7月7日(--) 32時12分(d)


「うわっ!?」

心臓がはねた。

『電話が鳴っている』。
それはつまり、このだれもいない世界で、僕に電話をかけてきた相手がいるということ。

こわごわ携帯電話をポケットから取り出すと、ディスプレイには発信者の番号と名前が表示されていた。
そこに表示されていた名前は、

……宮下緋色。

僕は通話ボタンを押すと、携帯電話に耳を押し当てて息を殺した。

『……あおちゃん?』

ノイズの混じったくぐもった声。
しかし、それはまちがいなく宮下緋色の声だった。

「緋色! 緋色もこの世界に来ているのか!?」
『うん。あおちゃん、いま、だれかといっしょにいるの?』

緋色の声は、思いのほか冷静だった。

「ああ、そうなんだ。いまは近くにいないけれど、村崎みずきっていう女の子で」
『あおちゃん。よく聞いて。まず、私がいま電話をかけたことを、その子にはぜったい教えないで。 ……あおちゃんがひとりになれるときがあったら、また電話して』

緋色は事務的にそこまで言うと、電話を一方的に切ってしまった。
ツー、とむなしい電子音がスピーカーから聞こえた直後に、ちょうどみずきが遠くの廊下からこちらに歩いてくるのが見えた。

「お待たせしました。……どうかしたんですか? なにか、声が聞こえましたけれど」
「いや……」

僕は迷った。
本来ならば、この世界にまだ人がいるという事実を、みずきに伝えなければならなかった。

しかし事情もわからないままに、緋色の頼みを捨て置くこともできない。
結局僕は、みずきにうそをつくことにした。

「……電話、だれかにつながらないかと思ってさ。ちょっと試してみたんだけれど、やっぱりだめだった」
「そうですか……」

みずきがさびしげにそうつぶやくようすを見て、たちまちいたたまれなくなる。
僕はわざと身ぶりを大きくして言った。

「よし、はやく洋服を選んでしまおう。どうせだれもいないんだし、普段着ないような服でも着てみたらどうかな? 個人的にはメイド服なんかがおすすめ」
「ふふっ、そうですね。蒼太さんがそう言うなら、着てみようかなぁ」

僕のどうしようもない冗談にも、みずきはむじゃきに笑ってくれるのだった。