「んー、次はあれっ! あのジェットコースターに乗ろう!」
「……緋色、僕はああいう乗り物が苦手だってことを知っているだろ?」
「えへへ、そんなことを言ってても、やさしーあおちゃんはいつも最後には付き合ってくれるんだよね?」
緋色が楽しそうに僕のうでを引っ張り、ジェットコースターの乗り場へと連れて行く。
緋色がはしゃいでいるすがたを見ているのは、とてもしあわせだった。
都内にあるこの小さな遊園地は、平日のせいかだいぶ空いていた。
しかし、もちろん従業員がいるし、わずかながらほかの客もいる。
こうして他人がなにげなく存在していることに対して、僕は素直に安心感を覚えた。
「あおちゃん」
うでを引っ張っていた緋色がとつぜんふり返って、僕を呼んだ。
「ん、どうした?」
「ねえ、私たちっていま、恋人同士に見えるかな?」
真顔で聞かれ、どきりとする。
「……うん、もしかすると、見えるかもね」
緋色はその答えに、満足げに笑った。そして、また僕のうでをぐいぐいと引っ張っていく。
そんな彼女のうしろすがたを見ながら、僕は思った。
緋色、それは誤解してもいいのかな。
恋人同士に見えても、君はいいと思ってくれている、って。
……今日はほんとうに、しあわせな日だ。
空は晴れていて、楽しそうな人の声。
人が起こす様々な雑音、平和な世界。
僕の存在、
緋色の存在。
そして灰色の池袋で、
ひとりきりの村崎みずき。
だめだ。……とても忘れることなど、できなかった。
忘れようとすればするほど、みずきのすがたを思い出してしまう。
もしも僕だけがもとの世界にもどったのだとしたら。
彼女はいまだひとり、あの世界にとり残されていたとしたら。
そう考えると、とたんに不安になってくる。
僕だけがしあわせな世界にもどってきて、ほんとうにいいのだろうか?
しかしそこで、僕はあることに気がついた。
彼女は虹ノ端大学付属高校の二年生だと言っていた。
仮にあの七月七日が現実のものだったとしたら、
僕がいまいる、この『七月四日』にも、彼女は存在しているのではないだろうか……?
「緋色」
「んっ? どうしたの?」
僕のうでをつかんだままの緋色がふり返る。
満面の笑みの彼女に遊園地からの撤退を通告することは少々気が引けたが、しかたがない。
「ごめん。ちょっとこれから、虹ノ端大学の付属高校に行きたいんだけれど」
「……どうして?」
緋色が首をかしげる。しかし眼光はするどい。
こういうときの彼女に、うそが通用しないことは知っている。
僕は肩をすくめて、苦笑した。
「ちょっと会いたい人がいるんだ。その人が実在しているかどうかは、まだわからないんだけれど」
「名前は?」
「……村崎みずき。もしも虹ノ端大学の付属高校に在籍しているなら、普通科の二年生」
緋色は自分の腕時計を確認し、顔を上げて僕の顔を見た。
「いまはもう、三時過ぎだね。高校につくころには、もう授業が終わっちゃっているかも。あおちゃんは、どうしてその子に会いたいの?」
言葉につまる。
夢を見たから? 未来で彼女に会ってきたから?
どちらも根拠にしては、よわい。
しかしそんな僕のややこしい心情をくみ取ってくれたのか、
「わかった」
緋色は一度うなずいて、言った。
「事情はわからないけれど、あおちゃんはその子の存在を確かめたいんだね?」
「……うん。それでまちがいはない」
「もー。そんなことなら私に任せてよ。私をだれだと思ってるの」
そして緋色はほほえんだ。
「私は深神探偵の優秀な助手、宮下緋色だよ」
彼女はほこらしげに胸を張ってみせた。
しかしそのときの彼女の笑顔にふくまれていた、わずかな悲しみの気配に、僕は気づくことさえできなかった。