長い髪のその少女は、大きめの瞳におびえの色を宿して僕を見ていた。
半そでの白いシャツに紺色のベスト、ブルーグレーのリボンに紺色のプリーツスカート。
その制服に、僕は見覚えがあった。
僕が通っている虹ノ端大学の、附属高校の制服だ。
少女はというと、身体を固くして身がまえていた。
彼女から見てみれば、僕はつい先ほどまで路上で叫んでいた、得体の知れない男なのだ。警戒されても無理はない。
僕はあわてて立ち上がり、ズボンのひざ部分についた汚れをはらった。
まだ痛みを感じるこぶしをもう一方の手でかばいながら、やっとの思いで声を出した。
「あ、その……」
僕ののどは、からからに乾いていた。叫びすぎたせいか、うまく声が出てこない。
言うべき言葉すら思いつかず、小さくせきこんでしまった僕のすがたを見て、少女はわずかに、はにかんだ。
「……よかったです、人がいて。朝からだれも、いなかったから」
僕は手のひらを心臓の上に置き、深く息をはいた。
少女の声を聞いて、生きている、という感覚が、やっとよみがえってくる。
僕はそこでようやく、先ほどまで走り回っていたせいで全身が汗だくになっていることに気がついた。
ひたいの汗をぬぐいながら、僕は少女にたずねた。
「……君、いままでだれにも会わなかった?」
「いろんな場所をたくさん歩いたんですけれど……、あなた以外は、だれも」
そして少女は言った。
「……私の名前は、村崎みずきです」
少女……みずきは、ぺこりと頭を下げる。
彼女にならい、僕も名乗る。
「僕は、西森蒼太。虹ノ橋の大学生だ」
「蒼太……さんは、いつから気がつきましたか? 世界にだれも、いないって」
「ついさっき。学校に行ってみてもだれもいないし、まさかと思って駅まえに来てみたら、このとおりだよ」
「ということは、夜のあいだに、みんな消えてしまったんでしょうか……」
そう言って、みずきはうつむいた。
「みんな……、どこに行っちゃったんだろ……」
僕は彼女を安心させようとぎこちなく笑顔を作り、右手を差し出そうとした。
しかし先ほどケガを負っていたことを思い出して、差し出す手を左手にかえた。
「とにかく君とは長い付き合いになりそうだ。どうかよろしく頼むよ」
みずきはすこしだけ、おどろいたようすだった。
しかし僕の手をおずおずとにぎると、そっともう片方の手をそえた。
「あの……、手、このままつないでいてもいいですか?」
みずきが言った。その手はわずかに震えている。
「僕の手でよければ、いくらでも」
そう笑ってみせると、みずきもかわいらしく笑い返してくれた。