虹ノ端大学の校舎のなかも、やはりしんと静まり返っていた。
僕が歩くたびに、僕の靴音だけが必要以上に大きな音を立てて反響する。
一現目の講義は、三階で行われる。しかし、僕はエレベータを使うことをためらった。
こんなだれもいない校舎のなかでは、エレベータは人をのみ込むために口を開閉する、不気味な生き物のように感じられたからだ。
しかたなしに、僕は階段を使って、三階の教室へと向かった。
かすかな希望とともに、ゆっくりと教室の扉を押して顔をのぞかせてみる。
しかし、やはり教室のなかにも、人はひとりもいなかった。
くらり、とめまいがした。
どういうことだ?
地域ぐるみで、僕のことをからかっているとでもいうのだろうか。
「……そんなわけが、あってたまるか」
何度目かのひとり言をつぶやく。
僕は携帯電話を取り出し、アドレス帳の片っ端からコールした。
両親、妹、友人たち、アルバイト先のコンビニ……、
しかし、どの番号にかけてみても、同じようにコール音だけがむなしく繰り返されるばかりだった。
僕は校舎の外に出て、駅に向かってゆっくりと歩いてみた。
しかしどんなに注意深く周囲を観察しても、
いつも頭上にいるカラスや、神社に住みついている野良の黒猫、虫の一匹すらも見かけることはなかった。
木々が風に揺らされることもない。
……風が吹いていないのだ。
動くものをなにも見つけられないまま、僕は駅まえについた。
普段は人でごった返している駅前の大通りでさえも、いまは静まり返っている。
大通りには、まるである一瞬で時を止めたかのように、あちらこちらに車が止まっていた。
しかしどの車もエンジンはかかっておらず、運転席にもだれも乗ってはいなかった。
呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
時間が止まって、
僕ひとりだけがこの世界に取り残されてしまったのだろうか?
だれもいない。
……だれもいない。
僕はぼうぜんと辺りを見渡し、そこで道に落ちた音楽プレイヤを見つけたのだった。
……手にした音楽プレイヤをふたたび道路に捨てる気にもなれず、
自分のズボン……携帯電話が入っているポケットの反対側に、それをそっとしまった。
僕は途方に暮れていた。
まだ朝だというのに、もう長い間歩き続けたあとのように、疲弊(ひへい)していた。
夜になったら、どうなるのだろう。
このままだれも見つけられないまま、ひとりきりの夜を過ごすことになるのか。
想像をしてみて、ぞっとする。
……そうなるまえに、はやくだれかを見つけなければ。