「……もしかして、その時計は直らないのでしょうか?」
紳士が不安げにたずねてきたので、俺はあわてて首を横にふった。
「いやいや直ります、うちの時計店で直せないものはないですから。
代替(だいたい)部品が見つかれば応急処置ができます、なければ取り寄せですが」
その言葉を聞いて、紳士も安堵の表情を浮かべた。
「まもなく旦那さまがおもどりになるとのご連絡があったので、そのときに旦那さまと、くわしいお話を」
「わかりました。それまでもうちょっと、部品を探してみます」
紳士は一礼すると、ふたたび広間から出て行った。
……そうだ、たとえ依頼者が富豪だろうとお化けだろうと、俺の使命は時計を直すことだけだ。
雑念を追い払うように頭をふって、道具箱をかき混ぜていると、
今度はしっくりきそうな歯車を見つけた。
「よし、これなら……っと!?」
せっかく見つけた歯車を手にとった瞬間、俺はうっかり手をすべらせてしまった。
歯車はコロコロと近くの棚のしたへと転がっていく。
「……なんか、今日は探しものばっかりだな……」
俺はため息をつくと、棚のしたをのぞきこんだ。
棚のしたのいちばん奥のほうで、歯車はにぶく光っていた。
「……ダメだ、手が届かない。これは、棚をどかしたほうがはやいな」
棚はそれほど大きなものでもなく、ひとりでも簡単に動かせそうだ。
俺は両手で棚を持ち上げると、横にずらした。
「よし、歯車みっけ。って、うわっ……!?」
俺はずらしたあとの壁を見て、あとずさりした。
「な、なんか、ヤバそうなものを見つけちゃったみたいだ……」
そこにあったのは、とびらだった。
棚のうしろに隠れてしまうような大きさだ、
通常のとびらよりはすこし小さめだが、人がくぐり抜けられる大きさはじゅうぶんにあった。
とびらのとなりには、携帯電話の押しボタンのような配列のアルファベットのキーと、小さなディスプレイ。
ちょうど、電卓をそのまま壁に埋めこんだような見た目だった。
「……隠し金庫か? こんなに立派なもの、はじめて見たな……」
そう言ってとびらに手を伸ばしたとき、うしろから声がした。
「なにをしているの?」
広間に入ってきたのは、ひとりの少女とふたりの少年だった。
先ほどの声のぬしは、この少女のようだ。米坂の親戚の子どもかなにかだろうか。
「す、すみません。ここに歯車を落としたんで、棚をどかしてみたら……」
「ちょっと見せて」
少女にぐい、と横にのかされて、俺はなす術(すべ)もなく少女に従った。