米坂邸(e)


……柱時計を開けて、なかを見た『俺』はおどろいた。
てっきり歯車が摩耗して不具合を起こしているのかと思ったが、……なんと歯車そのものがなくなっていたのだった。

「どういうことだ? 歯車なんて、そう簡単にはずれるものじゃあないのに……」

しかも、その歯車がどこにも見当たらないときた。
俺はあたりをひと通り探してみたが、やはりどこにも落ちていない。

「代わりになりそうなものを持ってきていたかな……」

俺が道具箱を探っているところに、例の紳士がやってきた。

「お茶をお持ちいたしました。テーブルのうえに置いておきます」
「ああ、ご親切にどうも……、あの、ひとつ質問いいですか? この時計、以前はたしかに動いていたんですよね?」
「ええ、もちろんです」

ますます、わけがわからない。
数日前まではここにあった歯車が、とつぜん跡形もなく消え去った?

俺はうなりながら、首をひねった。

「……どこに行ったんだろう。……あの、米坂さんや娘さんが、歯車が落ちているのを見たとは言っていませんでしたか?」
「はあ。そのような話は聞いておりませんし、現在、米坂にお子さまはおりませんが……なにか不審な点でも?」
「いや、ここの歯車が一個足りなくてですね、……ん? いま、なんて?」
「はい?」

紳士はふしぎそうに首をかしげた。

「米坂にお子さまはおりませんよ。奥さまはお子さまをお産みなるときに亡くなって、そのお子さまも、三歳のときに亡くなりました。まだ、二年ほど前のできごとです。現在、当屋敷で生活しているのは、旦那さまとわたくしのふたりだけでございます」

俺は聞きながら、背中にいやな汗が伝うのを感じた。

落ち着け、落ち着け。
お客さんの事情に、あんまり首をつっこんじゃあいけない。
さわらぬ神に、たたりなし、だ。

……でも、ダメ。ほんと、無理。気になるものは気になる。
俺はあっさりと好奇心に負けて、たずねた。

「俺のところに依頼してきたのって、だれでした?」
「出先の旦那さまから、時計屋さまに修理の依頼をしたとの連絡をうけたまわりましたが……」
「……その旦那さまって、男性ですよね?」
「はあ、まあ」

……なんでかな。
俺は米坂の『娘』から、電話で依頼を受けたんですが。