白河くんは、学校まで自分をむかえにきていた車を追い返すと、ぼくといっしょに米坂邸の画廊まで歩いた。
今日は天気もよくて、すこし暖かい。
路上では、脱いだ上着を手に持って歩いている通行人のすがたも、ちらほら見かけられた。
「……白河くん、あの招待状はどうやって手に入れたの?」
おだやかな街のなかを歩きながら、ぼくは白河くんにたずねた。
クレープ屋の看板を横目で見ながら、白河くんは言った。
「米坂家はもともと、白河とつながりのある貧乏貴族なんだ。それで最近、あの招待状が家に届いていたことを思い出してさ」
白河くんの家から盗まれたというサバトの絵画は、
白河くんにとっても白河家にとっても、大事な一枚だった、と白河くんは言った。
そんな「サバト」がらみの事件の犯行予告がぼくのもとに届くというのも、たしかになにかの縁なのかもしれなかった。
「なあ、牧志。……さっきはつい、軽く流しちゃったけれどさ……」
「……?」
「進路のことだよ。牧志は卒業したら、ほんとうに就職するつもりなのか?」
とつ然なにを言い出すんだろう、と、ぼくはまじまじと白河くんの顔を見てしまった。
白河くんは口をとがらせながら言った。
「オレ、……牧志とおんなじ大学に行けたらいいなー、……って、思っていたのに」
それはなんだか、とても魅力的な未来に思えた。
しかしぼくは、もちろん進学するにあたってはお金の問題もあったけれど、なによりも勉強が大の苦手なのだった。
「白河くんは、ふつうの大学を志望するんだよね」
「ああ、一応な」
「……ピアノは、弾かないの?」
この話題は、たぶん彼が怒るだろう、ということが予測できた。
でも、それを言うのはぼくの役目だとも思った。
「……このあいだ白河くんが弾いてくれた、あれはたしか、フランツ・リストの……」
「その話はやめろ」
白河くんが、ぴりぴりとした声でそう言った。
……やっぱりすこし、怒っている。
理由は、彼のお兄さんだ。
白河くんのお兄さんは天才ピアニストだったらしいけれど、ずっと昔に亡くなったと聞いた。
どんなかたちであれ、白河くんはそんなお兄さんと比べられる材料を持つことに、抵抗があるようだった。
やめろと言われてしまったのだから、これ以上は言わないべきだ。
でもこれだけは言っておきたくて、ぼくは口を開いた。
「……ぼくは白河くんのピアノ、好きだよ」
「ばっ……」
いつもの言葉を言いかけた白河くんは口をぱくぱくさせたあと、やがて顔を背けながら言った。
「……オレも牧志のそういうとこ、きらいじゃないです、よ……」