「い、いつのまに……!」
「そりゃ、あの探偵さんに連絡をとられたら困るからね」
影平さんは、事前に携帯電話から取り出していたらしいバッテリーを床のうえに放り投げた。
かつん、と音を立てて、バッテリーが虚しく床のうえを滑っていった。
「探偵さんのあのようすじゃあ、さといちゃんを見つけても俺には知らせてくれなそうだし。……はあ、さといちゃん、はやく電話に出てくれないかなあ」
そのとき、どこからかかすかな音が聞こえた。
耳をすますと、それはパトカーのサイレンの音だった。
「……影平さん、サイレンの音が聞こえません?」
それも一、二台ではない。
たぶん数台、十近くのパトカーが、サイレンを鳴らしながらこちらに近づいてきている。
「……別件だろ。俺には関係ない……」
しかしつぎの瞬間、倉庫のとびらが、ガシャン、と重く大きな音を立てながら開けられた。
それと同時に多くの警察官が倉庫のなかへとなだれこみ、あっという間に影平さんを押さえつけてしまった。
「影平夜助! 大峠源殺害容疑と、未成年者略取および誘拐罪の現行犯で逮捕する!」
「な、なんで〜!?」
あっさりと手錠をかけられる影平さんのまえに現れたのは、深神先生と……
「たま!」
私を見るなりそうさけんだのは、さとちゃんだった。
さとちゃんは私のそばに駆け寄ると、私の身体を抱き起こした。
「ごめん、遅くなった! ケガはない!? いま、縄をほどくから……!」
「さ、さとちゃん、どうしてここにいるの……!?」
「その携帯電話にはGPS機能がついているからな。たまちゃんに渡してから、ずっとたまちゃんの行動を見張っていたのだ」
そう答えたのは深神先生だった。
「だまっていてごめん、たま」
さとちゃんは、深々と頭を下げた。
「実は、はじめから深神先生のところで匿(かくま)ってもらっていたんだ」
予想外の告白だった。
私はおどろいて、さとちゃんと深神先生の顔を交互に見比べた。
「じゃ、じゃあ、もしかして、私がはじめて深神先生の探偵事務所に行ったときから!?」
「うん。……たまがくるなんて思ってもいなかったから、おどろいたよ」
私はあの日、自分が名乗った直後に事務所の奥で物音を聞いたことを思い出した。
……あの音は、さとちゃんが立てた音だったんだ!
「影平氏が犯人だということもさとい君から聞いてわかっていたから、あとは証拠が出てくるのを待つだけだった。今日、防犯カメラの件をふくめ、すべての裏がとれた。さとい君はもう、自由の身だ」
「さといちゃんッ!!」
そう大声をあげたのは、影平さんだった。
「さといちゃん、俺はつかまっても構わないけど、『あのこと』だけはぜったいに公表しちゃダメだ! さといちゃんは俺の人生なんだ! さといちゃんには永遠に輝き続けてほしいんだよおぉ〜っ!!」
「おまえっ、おとなしくしろ!」
警察官がどなりつける。
警察官数人にきつく押さえつけられている影平さんに向かって、さとちゃんが言った。
「私があなたの人生でも、私の人生はあなたじゃないから。私は、もう『にせもの』を演じるのはいやだ。……大峠社長も、きっと応援してくれると思う」
そしてさとちゃんは、私をふり返ってほほ笑んだ。
「たま。……私、このあと記者会見を開くの。このために、深神先生に数日間、協力してもらっていたんだ。たまにも、会場に来てほしい。そして……、そこで私の『ほんとう』を見届けてほしいんだ」
影平さんが言っていた『ひみつ』。
そのために、大峠社長が殺されもした。
私にはそのひみつがどんなものなのか、予想もつかなかったけれど、さとちゃんの晴れ晴れとした笑みを、ひさしぶりに見たような気がした。