プロローグ


「約束の時間に、ちょっと遅れちゃったな……」

夢追(ゆめおい)さといはそうつぶやいて、小さく息を吐いた。
カメラのまえではいつも笑顔を絶やさないさといも、いまばかりはその表情に暗い影を落としている。

中学二年生のさといは、「キセキプロダクション」、通称「キセプロ」に所属しているトップアイドルだ。
今日はキセプロの社長兼プロデューサーである、大峠源(おおとうげ・げん)との打ち合わせの日だった。

いつもなら、さといのマネージャーである影平夜助(かげひら・よるすけ)もいっしょだが、今日はさといひとりだ。
なぜなら大峠社長に、「たいせつな話があるからふたりだけで話そう」、と言われていたからだった。

(ふたりだけの話って、なんの話だろう)

考えてみれば、いつも影平といっしょに行動していたから、社長とふたりだけで話をするのはひさしぶりだ。

(……いい機会だし、私も“あのこと”について相談しなくちゃ)

そう決意をしてみたものの、いざ社長室のまえに立ってみると、わずかにためらってしまう。
とびらの取っ手に手をかけて、さといは思いつめた表情でつぶやく。

「あの話をしたら、社長は怒るかな……」

子役としてデビューしてからいままで、大峠社長には大事に育ててもらった恩がある。
裏切るようなことはしたくない。

「でも……」

いずれ、「選択」のときがくるのだ。
それはたぶん、自分よりも社長のほうがよく知っている。
だからこそこうして、いつも親身になって、さといのことを気にかけてくれているのだ。

「……よし。がんばるぞ」

さといは覚悟を決めると、深呼吸をしてからとびらを開けた。
しかしつぎの瞬間、「あっ」と声をあげて、立ちすくんでしまった。

社長室では、大峠源が……頭から血を流して倒れていたのだった。