あくる日。
きのうと同じような時間に、ツグミさんが息をきらしてやってきた。
「刃物屋さんっ! きのうはありがとうございました!」
「きょうはずいぶん、元気がいいですね」
そう答えたのは、僕ではなくてクゼさんだった。
ツグミさんはクゼさんのことが苦手だったはずだけれど、今日のツグミさんは、クゼさんに対しても笑顔をくずさなかった。
「はい!」
ツグミさんは、明るい表情で答える。
「……もしてかして、うまくいったんですか?」
僕がたずねると、ツグミさんは、はにかみながら言った。
「それが……、結果からいうと、縁はまだ切っていないんです」
「え?」
「きのう、刃物屋さんから教えてもらった方法で、縁を切ろうとしたんです。でも、ちょうどそのとき、相手の男の子……、なまえはイチロさんというんですが、イチロさんにうしろから声をかけられて。私、びっくりして、鋏を持った手をイチロさんに向けちゃったんです。鋏はイチロさんの頰をかすめて、すこし血が出てしまったんですよ」
ツグミさんはえへへ、と笑った。
ツグミさんのその笑顔が、弟のツグトくんの笑顔と重なった。
笑うとたしかに、弟のツグトくんとよく似ているな、と、僕はぼんやり考える。
「そのときのイチロさんのおどろいた顔を見て、思ったんです。あ、この子も、私とおんなじなんだ。切られたら痛いし、こわいんだ、……って。それからはもう、無我夢中でした。私はイチロさんに体当たりして、彼をその場に押し倒しました。それから馬乗りになって、鋏をイチロさんの目のまえにつきつけたんです。……ほんとうは、そのまま目玉につき刺してやろうかとも思いました。でも、イチロさんが必死で許しをこうから……」
ツグミさんは、制服のスカートのポケットからあの赤い、縁切り鋏を取り出した。
「私、……イチロさんのことを許してあげたんです。その代わり、一生私に逆らわず、言いなりになりなさい。一度でも約束をやぶったら、そのときこそこの鋏で、あなたの目玉をえぐってやる、……って」
縁切り鋏に、そっとほおを寄せるツグミさん。
「刃物屋さん。こんなすてきなものをくださって、ありがとうございます。私、この子を一生、大切にします」
……縁切り鋏にまつわる伝え話は、どうやらほんとうだったらしい。
イチロさんはもう二度と、ツグミさんと縁を切ることはできないのだろう。
おわり
2017/05/25 書籍版「とある刃物屋の話」収録
2019/01/24 web上に掲載