切れ味(a)


古い民家と畑の風景が広がるのどかな田舎町、「ハグルマ町」。
このハグルマ町の片すみにある刃物屋で僕は、研ぎ師兼、店番として働いていた。

遠い昔から代々受け継がれてきたこの店は、古い建物特有のにおいがして、壁の色もだいぶ色あせている。
おまけに来客もほとんどないような店だけれど、僕はこの店で過ごす時間が好きだった。

ある冬の、日曜日の正午近く。
店には、差し入れの弁当を持ったコザトさんがおとずれていた。

「刃物屋さん、クゼさん、またお弁当を作ってきちゃいました! 今日はお野菜たっぷりのお弁当ですよっ」

にこにこと笑いながら、コザトさんはふたりぶんの弁当箱の包みを、ひょいと抱(かか)えあげてみせた。

コザトさんは、ハグルマ町の料理協会の一員の女性だ。
以前、僕がコザトさんの依頼を受けたことがきっかけで知り合ってから、たびたびこうして弁当を差し入れしてくれるようになった。

「コザトさん、いつもありがとうございます」

僕は礼を言って、弁当を受け取った。

「コザトさんのお弁当、とてもおいしいので楽しみにしているんですよ。ね、クゼさん?」
「ええ、彼女の料理のうでは、認めざるをえません」

僕の横でもっともらしくうなずいたのは、クゼさんだ。

クゼさんは灰青色の髪を持ち、いつも燕尾服を着ている、変わった男の人だ。
……いや、厳密にいうと、彼は「人」ではない。
信じがたい話だけれど、彼の正体は「灰青色の牛刀」で、いろいろあってこの刃物屋に居ついているのだった。

コザトさんはふと、小首をかしげた。

「そういえば、ふだんの食事は刃物屋さんが料理されているんですよね。外食は、あまりしないんですか?」
「ああ、外食は、……なかでも洋食は、なんというか、すこし苦手で……」

僕は言いよどんだ。

「食事のとき、ナイフを出されるじゃあないですか。そのナイフの切れ味が気になってしまって、料理のほうの味がしなくなってしまうんですよ」
「おやおや、難儀な職業病ですねえ」

クゼさんが大げさにため息をついてみせた。

「では、外食用に切れ味のよい刃物でも持ち歩いてみてはどうですか? たとえば、牛刀とか」

僕は一瞬、ひやりとした。クゼさんの正体が牛刀だということを、コザトさんは知らないからだ。
しかしコザトさんはクゼさんの言葉を、じょうだんと受け取ったらしい。

「あははっ、クゼさん、いくら切れ味がよくても、牛刀でステーキは食べられませんよう」
「牛は好物ですがね」
「……クゼさんっ!」

僕が思わず大きな声を出してしまったとき、店の扉が開いた。

「い、いらっしゃいませ!」

僕が目をやると、そこにいたのはお客……、といってもまだ幼(おさな)い、五、六歳くらいの男の子だった。
男の子は、若紫(わかむらさき)色のコートを着て、毛糸で編まれた帽子をかぶっている。

ここまで走ってきたのか、血色のいい赤いほおをしたその子どもは、まっすぐと僕のほうへ、ずんずんと歩いてきた。
そして僕の目のまえで立ち止まると、背負っていた鞄からなにかを取り出して、ずい、と僕に差し出した。

「これは……」

それは、ぶたのかたちをした、陶器製の貯金箱だった。

「お金はあるのっ」

男の子は僕に貯金箱を押しつけると、つぎに刃がむき出しのままの料理包丁を、鞄から取り出した。

「えっと……、包丁研ぎのご依頼ですか?」
「ちがうっ」

男の子はぶんぶんと首を横にふると、包丁の刃先を僕に向けた。

「この包丁を、こわして!」