十五分ほどでツグトくんの包丁が研ぎ終わると、ツグトくんはにこにこしながら店をあとにした。
「刃物が折られなくて、ほっとしましたよ」
クゼさんが肩をすくめて、
「おねえちゃん思いの、いい弟さんですね」
コザトさんが言った。
それからコザトさんは、店の壁にかけられた時計に目をやった。
「いけない! そろそろ仕事にもどらないと」
「ああ、すみません。ツグトくんの包丁を研いでいて、お弁当を食べられませんでした……」
「ゆっくり食べてください! お弁当箱は、つぎにお会いしたときに返していただければかまいませんから!」
そう言って、コザトさんはあわただしく店を出て行った。
そのすがたを見送りながら、クゼさんが言った。
「……彼女、いつもせわしないですね」
「仕事が忙しいのは、いいことですよ」
「ああ、君はいつものんびりしていますからね」
「僕のほうは仕事、ほとんどないですからね……」
なんとなくしんみりとしながら、僕はカウンターのうえで弁当箱の包みを広げた。
「さあ、すこし遅くなってしまいましたが、昼食にしましょうか」
そしてクゼさんとふたりで昼食をとり終わったころ。
店の扉が勢いよく開いたかと思うと、先ほど帰ったはずのツグトくんが、あわてたようすで駆けこんできた。
僕はおどろいて、椅子から立ち上がった。
「おや、ツグトくん、どうしたんですか?」
「刃物屋さん、さっき、聞くのを忘れちゃったの!」
そう言うと、ツグトくんは先ほどぶたの貯金箱をそうしたときと同じように、今度はちいさな水筒をぐい、と僕のまえにつき出した。
「え……」
「これ、どうやってつければいいの?」
よく見ると、ツグトくんの手が汚れている。
いやな予感がして、僕は思わず呼吸を止めた。
「……つける? ……ツグトくん、いま、なにをしてきたんですか?」
「グミねえがおひるねをしているあいだに、傷口がはやくふさがるように、グミねえの指をもういっかい、『切った』の!」
「……まさか」
僕は、いつのまにか受け取ってしまったらしい水筒を手に持ったまま、おそるおそる聞いた。
「では、この水筒のなかに入っているのは……」
ツグトくんの顔を見る。
汚れているのは、手だけではなかった。
その手でこすったのか、ツグトくんの顔や、コートのそでにも……
赤色の汚れ……、『血』が、べったりとついている。
ぼう然と立ちつくす僕に、ツグトくんが言った。
「そのなかに入っているのは、グミねえの『指』だよ?」
おわり
2017/04/10 擱筆、公開
2018/11/06 加筆修正、レイアウト変更