ペティナイフ(b)


その日の午後から、僕は早速、作業に入った。

まずは刃の錆びを落とさなければならない。
さいわい、鋼に深く浸透するような錆びではなかったため、刃の表面全体を削り落とす必要はなかった。

錆びが目立たなくなるまで磨き、刃を整える。
問題の柄の部分は分解し、新しいものと取り替える。

その新しい柄を用意するのに時間がかかってしまい、長さを調節したりしているうちに、一週間はあっというまに過ぎていった。

ユーマくんにナイフを引き渡す約束の日の、前日の夜。
僕は中子(なかご)を柄に入れるために、火であぶっていた。

僕が火の熱さに額の汗をぬぐっていると、クゼさんが言った。

「ずいぶんとていねいに作業をしていたようですが、そんなにナイフの泣き声とやらが気になりましたか?」
「気にならないわけではありませんが、第一、これは仕事ですからね。ていねいに作業をするのは当然のことです」

それから火を止めて、中子を柄の穴に叩きこみながら言った。

「……でも、もしクゼさんとこうしているように、このナイフとも話すことができたら、それはそれで、おもしろそうです。 クゼさんにも、新しい友だちができるかもしれませんよ?」
「それはどうですかね」

クゼさんは、フン、と笑った。

「この世の刃物がすべて、私のような素直な刃物ばかりとは限りませんよ」
「クゼさんも、そんなに素直じゃあないと思いますが……」

そんな軽口を言い合っているうちに、無事、中子が柄の部分に収まり、ようやくペティナイフが息を吹き返した。
一週間まえはあれだけボロボロだったペティナイフは、いまや見違えたように美しく輝いている。

「……よし、これで作業は終わりです。ユーマくんにも満足していただければいいですね」

僕は、ペティナイフを作業台のうえに置いた。
それからすこしだけ考えて、もう一度ペティナイフを手に取った。

そしてそっと、ナイフに耳を近づけてみる。

「なにか聞こえましたか?」

クゼさんの問いに、僕は首を横にふる。

このナイフの声を聞くことができるのはユーマくんだけなのかもしれない。
僕はあきらめてナイフを作業台のうえに置くと、あとかたづけをすませて寝床についた。