古い民家と畑の風景が広がるのどかな田舎町、「ハグルマ町」。
このハグルマ町の片すみにある刃物屋で僕は、研ぎ師兼、店番として働いていた。
ある夏の日の正午過ぎ。
僕とクゼさんは、店の売上金を預けるために、ハグルマ町のゼンマイ銀行へとやってきた。
「……この場所は、あのときとまったく変わっていませんね」
ゼンマイ銀行の入り口のまえで、クゼさんが言った。
クゼさんは灰青色の髪を持ち、いつも燕尾服を着ている、変わった男の人だ。
……いや、厳密にいうと、彼は「人」ではないけれど。
僕は、銀行の建物を見上げて言った。
「そういえば、このゼンマイ銀行は……、ある意味、僕たちが出会うきっかけとなった銀行ですね」
「ええ。私が、もとの持ち主の手から離れることになった事件が起こった場所です。
……もっとも、その事件を起こしたのは、他ならぬもとの持ち主ですがね」
クゼさんが面白そうにククク、と笑った。
……かつて、このゼンマイ銀行に強盗が押し入り、従業員二名を刺し殺した。
そのときの犯行に使われたのは、「灰青色の牛刀」。……信じがたい話だけれど、その牛刀こそがクゼさんの正体なのだった。
「まあ、さすがに今日、そんな物騒なことが起きることはないでしょうけれど……」
僕はそう言いながら、銀行の入り口の扉を押してなかへと入った。
銀行には、いまやってきたばかりの僕たちをのぞくと、
先客の男性がひとりと、銀行員の中年男性がふたりの、合計三人しかいなかった。
その銀行員たちも、ずいぶんと動作がゆったりとしている。
ハグルマ町ではなじみのある、平和な光景だった。
僕は受付をすませると、待合室の椅子へと腰を下ろした。
するとそこに、先客の男性がすすす、と近づいてきた。
「いやあ、今日はいい天気だねえ」
にこにこと笑いかけてくる男性。
年は僕よりもすこし年上くらい。さわやかな印象の好青年だった。
「からっと晴れていて、空もあんなに青いし。こんな日は、どこまでも歩いていきたくなってしまうよ」
それから男性客は僕のとなりに座ると、すんすん、と僕をまたぐようにして、反対がわに座るクゼさんに鼻を近づけた。
「……あれ、なんだかいいにおいがするな」
僕とクゼさんは顔を見合わせた。
「昼食を食べたばかりだからでしょうか? さっき、コザトさんから差し入れがあったから……」
「ああ、あれは美味(うま)かったですね。特にあの鳥のからあげが」
「僕はコザトさんの作ってくれるおにぎりが好きかな……」
「手作り弁当? いいね! 俺はまだ、昼めしを食べてないんだ」
三人でそんな会話をしていると、とつ然、ばあん、という大きな音を立てて、入り口の扉が開かれた。
その音の大きさにおどろいてふり返ると、
「全員、その場から動かずに手をあげろッ!」
……そこにはこんな暑い日だというのに、口もとをマフラーで隠した男と、
帽子を深くかぶった男のふたり組が、刃物を手にして立っていた。
「……なんということだ。強盗をふたたび、この目で見ることになろうとは」
クゼさんが、ひとり感動したようにつぶやいた。