あくる日の朝。
僕は刃物屋の店内で、ふたたびラジオの電源を入れた。
『……先日、ハグルマ町で起こった銀行強盗殺人事件の容疑者が、昨日逮捕されました。逮捕されたのは……』
僕は刃物を研ぎながら、ラジオの音声に耳を傾ける。
……結局、僕はきのう、町の公衆電話から警察に匿名(とくめい)で通報した。
やはりあの二千万円は銀行から盗まれたものだったらしく、あの家に住んでいたという容疑者の男は逮捕された。
容疑者の男はきのうの日中、そ知らぬ顔をして仕事場へと出向いていたそうだ。
『警察への取材によりますと、凶器とされる牛刀がまだ見つかっていないため、容疑者にくわしい事情を聞きながら、凶器の捜索を続けるということです……』
僕はそこまで聞いたあと、ラジオの電源を消してため息をついた。
「……クゼさんのせいで、僕まで泥棒になってしまったじゃあないですか」
「盗難品が見つからなければ、泥棒になりようがない。それに『この私』が見つかるようなヘマはしませんよ」
僕のつぶやきに答えたのは、灰青色の髪に、燕尾服を着た男の人。
……もちろん、クゼさんだった。
クゼさんはさも当然のように、机のうえに腰をかけている。
僕はそんなクゼさんに言った。
「そんなことを言っても、あなた自身が牛刀本体を動かすことには、制限があるんでしょう?」
「そのとおり。だからこそ君のところに来たんですよ。証拠品として押収されるのは、御免(ごめん)ですから」
「まったくこの人は……、いや、人じゃあないんですけれどね……」
僕はもう一度ため息をつくと、たったいま研ぎ終わった、灰青色の牛刀を持ち上げた。
生まれ変わったかのようにぴかぴかになったこの牛刀は、たしかにもう、犯行に使われた凶器と同じものだとは思われないだろう。
「クゼさんは、これからどうするんです?」
「もちろん、君のところに世話になりますよ。さすがに売りものにはできないでしょう?」
「まあ、そうですけれど……、クゼさんと話をしていると、まるで僕がまともじゃなくなったみたいで、すこしおそろしいです……」
「なあに、すぐに慣れますよ」
僕は牛刀を丁重に箱に納めると、おとといから下げたままだった窓ぎわの竹すだれを上げにいった。
店のそとでは、道ばたに積もった雪のうえに朝日が降り注いで、きらきらと輝いている。
こんな天気のいい日には、もしかするとまた、この刃物屋に変わったお客が訪ねてくるかもしれない。
……しかし、今日のところはまず、クゼさん用の椅子を調達しにいこう、と僕は思ったのだった。
おわり
2014/10/31 擱筆
2017/04/10 表記ゆれの修正
2018/11/06 加筆修正、レイアウト変更