薄日が差す朝(a)


「ふわ……」
「誠君、大きなあくび」

次の日の、土曜日。
校門前で待ち合わせをしていた誠と青空は、ふたりで教室に向かって歩いていた。

誠は目をこすると、もう一度だけあくびをした。

「ちょっと、徹夜ですることがあってね……、青空は、あのあと眠れた?」
「うん、もうばっちり」

それから青空は、小声で誠にささやいた。

「……ぴよ吉君、だいじょうぶだったかな」
「青空が来るまえに越智さんに教えてもらったんだけれど、彼はしばらく、部室棟の空き部屋……、っていうか、 あの元ミステリ同好会の部室で過ごすことになったって」
「そっか……、それなら一応、ひと安心だね」

青空はほっと胸をなでおろした。

「飛鳥ちゃんは、ぴよ吉君のところにいるの?」
「うん。授業が終わる昼ごろには、僕らのところにも顔を出すって言っていたよ」

そしてB組の教室のまえへ差しかかったところで、誠は足を止めた。

「青空は先に、教室へ行っていて。僕はB組に寄っていく」
「うん、わかった」

青空は素直にうなずくと、小さく手をふって、A組の教室へ入っていった。



誠はB組に入っていくと、窓際に座るもこなのもとへと向かっていった。
こちらに向かってくる誠のすがたを見つけたもこなは、椅子に座ったまま鼻をならした。

「……来たわね。きのう、詩良から電話で聞いたわ、赤月君の話」

もこなは冷たい視線で、目のまえに立った誠を見上げた。

「でも、私から赤月君に話すようなことはなにもないわ」
「僕には、鹿波さんから聞きたいことがあるんだ」

誠ともこなのまわりにいた生徒は、いつの間にかさりげなく距離をとっている。
一触即発な雰囲気を、生徒たちも感じ取っているのだろう。

教室のなかに、詩良のすがたは見当たらなかった。
大方サボりか、よくても遅刻だろう、と誠は思った。

「……越智さんが窓から落ちたとき、鹿波さんはその瞬間を見ていたんだよね。 でも、自殺を否定するわりに、そのときのことを言おうとしないのは、 ……もしかして、だれかをかばっているんじゃないかな、って思ったんだ」

もこなの目もとが、ぴくりと動いた。
誠は続ける。

「鹿波さんはたぶん、罪悪感と良心の板ばさみになっているんじゃあないかと、僕は思っている。 でも、これだけは言える。……真実を隠したままでは、まえには進めないよ」
「……そんなの、生きている人間のただのエゴだわ。私たちがいまさらなにかしたって、越智さんはもういないんだから」
「それはどうかな」

誠はにっこりと笑った。

「鹿波さんは、幽霊って信じる?」
「はあ? そんなもの、いるわけないじゃない……」
「でももし、いるとしたら?」

誠はおもむろにポケットからペンを取り出すと、それをもこなの机の上に投げた。
ペンは音を立てず、机の上のわずか数センチのところで、ふわりと浮かんだ。

「えっ……」

とつぜんのことに、もこながおどろいて目をみはる。
次に誠が口もとにそっと人さし指を当てると、同時にペンはぱたん、倒れた。

「いま、どうしてペンが浮いたのか、理由は言わないでおくよ。 ……そして信じる信じないは自由だし、するかしないかを決めるのも鹿波さん次第だけれど。 でも鹿波さん自身のためにも、まだ鹿波さんには、しなくてはいけないことが残っているんじゃあないかな」
「……」

もこなは、だまりこんでしまった。

……誠は内心、どきどきしていた。
実は徹夜で、この手品の練習をしていたのだった。

誠から目をそらしたもこなは、窓のそとを見ると「あっ」、と声をあげた。

「……あれは、佑虎?」

誠ももこなの視線を追うと、そこには校庭を走り抜ける狩谷佑虎のすがたがあった。